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2012-04-14

ご挨拶文を書きました

家の近くで見つけた蓮華の花
 


 御挨拶とお知らせ

季節は巡り、私は60回目の春を穏やかに健康に迎えることができたことを、心から噛みしめながら嬉しく迎えています。私の一文をお届けする皆様が、つつがなくお元気に過ごされていることを願いながら、書いています。

さて、小生20年間勤めました中世夢が原をこの3月末日をもって定年となり、退職いたしました。来年3月まで、週に4日(土日はお休み)働きますが、その後は全くフリーになります。

その後どう生きるか、いろいろと思案の末、今後の人生は、自分がこれまで歩んできた中から見つけることにいたしました。結果、今年から緩やかに日高奉文事務所で再出発することにしました。コンテンツは企画を中心に、私自身もタレントの一人となり、多様なアクションを起業し、私らしい仕事を希求します。

本格的には来年から日高事務所の支援会員を毎年募る予定ですが、思いついたが吉日、本年も最低2本出来れば3本、企画を打ちたく、急きょ、個人を中心に日高事務所出発企画の(未定ですが、秋までに音楽会を一本、それから日高自身のトーク付きで、これまでの私の過去の企画のDVD上映会や、日高の好きな映画を共に見る会など)協賛者を募ります。

協賛して下さった方は、今年(来年3月までの)私の企画は全てご招待いたします。私の日高事務所立ち上げの念いは、同封しました新しいブログ・五十鈴川だより・に書きましたので、読んでくださるとうれしく思います。

日々折々の、わたしの暮らしの中で私の企画は生まれてくるので、その都度ブログでお知らせしますので、可能なら、お気に入りに入れてくださると嬉しいです。お茶会などもやりたく思っていますので、取りあえず日高を応援して下さる方に、一番先にお知らせいたします。

協賛金は一〇〇〇〇円です。自己資金と応援協賛者と共に、晩年ライフ、充実感をもって生きるべく、荒海に船出したく思います。くれぐれもご理解賜りますよう切にお願い申し上げます。
 末尾になりましたが、皆様の日々の安寧を祈ります。

2012年・4月吉日                日高奉文拝
昨日上記の案内文を書きまして、取りあえず第一弾として25通くらい、ご縁のあった方に発送しました。

おそらく100通くらい出すことになるかと思います。

話は忽然と変わりますが、先ほど土取さんの、音楽略記(氏の素晴らしいブログ)を読みました。お亡くなりになった。桃山は晴衣さんの音の足跡を綴っておられます。これが素晴らしいのです。芸術家の魂に打たれます。これからも私のブログでは氏の仕事の関することは、度々触れることになるかと思いますが、私のブログを開いてくださる方には、どうか氏のブログを読んでくださるように、お願い致します。

日高事務所としては、企画の中心の核として、氏の仕事の一部は、何らかの方法で、可能な限り取り組みたいと思いますので、それを理解していただくためにも、氏の多岐にわたり取り組んでおられる仕事の全体を、氏の文章を読んで感じてほしいのです。

芸術家は、時代の要請で生まれてくるものだと私は感じています。企画者として、私は氏の取り組んでおられる仕事は、時代の闇を切り開く貴重なものだという、直感を押さえることができません。

膨大な氏の取り組んでおられる仕事の一部を、日高事務所はこの岡山の地で企画したく思います。氏の仕事は商業主義とはまるで縁のない世界ですので、集客的にはかなりの冒険です。だけれども私としては、だからこそ日高事務所として取り組む価値があると、信じています。

取り組めるうちに、悔いのないようにとりくむ、それ以外に私が日高事務所を立ち上げる根拠はありません。そういうわけですので、今年の秋、日高事務所の第一弾は、土取さんの演歌の世界を企画したく思いますので、どうか氏のブログを読んでいただきたく思います。

氏はこれから、ピーーたーブルックとの仕事でしばらくパリにゆきますので、戻って来られたらたら、ゆっくりと企画を始めます。

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