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2018-10-31

30有余年、真夜中、結婚記念日に想う。

真夜中、日付が変わって10月31日はわが夫婦の結婚記念日である。この数年何回か書いた記憶があるので、またかとお思いの方はごめんなさい。

初老男の戯言、ノスタルジーとお笑いになっても結構である。30有余年、よくもまあ続いていると、我ながら感心する。時期、タイミング、めぐりあわせ、いい意味でのあきらめ、育った環境、多面的に相性が良かったのだと思う以外に言葉がない。

夫婦というのは、伴に居て疲れない、もっと言えば気が休まるというのがこの歳になると一番である。
恋の悩み、一幕のロミオのセリフ

若い時と違って、この歳になるとお互い、あちらこちらと体他、摩耗の感が否めないが、何はともあれ健康であればこそ、ささやかに地味にお祝いしたい。(若い時と違って派手なことはしない)

今夜は塾があるので、日を改めてするつもりである。さて話は変わるが、小説は読んだことがないのだが(読もうと思っている)高橋源一郎さんという小説家がいる。

この方がM新聞に、身の上相談をやっていて必ず読むようにしている。何故か回答に嘘がなく実体験に裏付けられていて、希望が持て時折ジーンと感動するのである。

聞くところによると、氏は3回離婚しているそうだ。初老を迎えて、4回目の結婚で生まれた男のお子さんの子育て奮戦記を、毎日お弁当を作って送り出すほか、ラジオで語っておられたのをたまたま聞いて、名前がすぐインプットされていた。

とある日の相談、子育てで悩んでいる若いお母さんの相談に答えていた氏の回答が、あまりに素晴らしかったので、切り抜いて今子育て真っ最中の娘に送ったら、娘から、分かるわあ、文章読んだら泣けてきたと、ラインで一文が送られてきた。

真夜中に子供がぐずる、睡眠時間を削って初老男は、身体の弱い奥様に変わってあれやこれやと、親にしかできない情愛の細やかさで対応する、何と人間は手がかかる生き物であるか。その様を想像すると、子育てをやったもののみが共有できる感動が広がるのである。

子育てとは、何もできない赤ちゃんをひたすら愛しつくす、ことに尽きるのである。この世にたった一人、巡り合ったわがかけがえのないわが子と。母乳は出なくても、父親にできることはいっぱいあるのである。

もう何十年も前のことだから、凡夫の私はほとんど忘れてしまったが、さすが小説家はつい昨日のことのように、文章に再現する。(国は若い夫婦の子育て支援、シングルマザーの社会的支援、子供の置かれている貧困家庭の問題等、対策が早急に必要だ、でないとこの国の未来は暗い)

氏の醸し出す語り、文章、人間性、温かさは、すべてこれまでの人生の実体験の裏付けが、発酵して生み出されているのだということがわかる。

ヒトは失敗し立ち上がり、ああだこうだと逡巡しつつ、安きに流れず小説を書いておられるのだ。氏は若き日学生運動で逮捕収監された経験もおありになり、20代はほとんど肉体労働者生活をしながら、(氏は天の下での肉体労働で生き返ったそうである、分かるなあ)若き日の結婚生活でも きっと苦労をされたのだろう。

離婚はされたが、40代のお嬢さんは立派に成長され、現在とある美術館の館長をされておられるのも、これまたM新聞の人の欄で知った。きちんと子育てされたのだ。

それぞれの居場所で、しっかり生きる。恥も外聞もない、まっとうに生きることが肝要だ。高橋源一郎的なぶきっちょな生き方、性格の持ち主は、その他多くのぶきっちょな同性に限りなく勇気を与えてくれる。

ともあれ、私のような輩と、30有余年生活を共にしてくれている妻には、亡き父が母に見せた、晩年の姿を多少なりともお手本にしながら、今しばらく穏やかに共に暮らせることを 願うのみである。





2018-10-29

約10日ぶり、肉体労働の仕事の日の夜明けの五十鈴川だより。

とりたてて、なにかを綴るぞというような、力みがかった自分が消えつつあるような塩梅の最近の五十鈴川だよりであるが、これがいいことなのかどうかは自分でも判然としない。

ただただいえるのは、あまたの川が蛇行を繰り返しながら、流れるようにしか流れえないように、五十鈴川にあやかっている、わが拙き日々日録的雑文は、つづれるようにしか綴れないのである。(いつもあの川の流れを想う自分がいる)

右往左往を今も繰り返しながら、(右往左往できるということは、ありがたいことである)有難く日々を生きながら得ている、自覚がある。

老いつつも想う一番の幸徳は、 若い時と違って拙文を綴りながら、内省的時間を綴れることである。還暦までの自分は日々のいそがしさに、忙殺され、おのれを顧みるような時間をなかなかに持てずにいた、あるいはそれをいいことに、あえて目を向けずにいたような気がしている。

いまこの年齢になり、ようやっと内省的な時間が持てる今を ことのほか、ありがたいと感じている。
坪内逍遥訳ロミオとジュリエット(まさか読む日がこようとは)

内省ばかりしているのではなく、新たなことに挑戦し(これは弓の稽古のこと)具体的に何かこれまで不得手にしていた、家事雑事なども、このところ、しっかりとやり始めている自分がいる。

食後の食器を 洗って片づけてしまうところまでをきちんとやる自分がいる。

掃除や、整理整頓が苦手な私であるが、ほんのわずかでも苦手なことを克服できるように、老いを理由にすることなく、今しばらく老骨をゆるやかに使ってゆっくりとこなそう、と思案する私である。

 ところで、今日は10日ぶりに午前中肉体労働の仕事がある。毎日だとほかのやりたいことに支障があるので、月に18日の午前中肉体労働の仕事が、今の自分にはきわめてふさわしい。

体が動くから拙文も綴れる。妻との二人の暮らしの中で、読み書き、草を刈り、声を出し、弓をひき、食べ、そして眠る。わが初老循環生活である。

シンプルこの上なき、天の下でのわが暮らしを感謝し、今日も肉体と対話し一日を堪能したい。

2018-10-25

満月・丑三つ時の五十鈴川だより。

昨日夕方図書館に行っての帰り、運動公園を散歩していたら、東の空にほぼ満月のオレンジ色の月がうかんだ。

思わず見とれ、そのままおはぎを買いにゆき、家の戻って夕飯前妻と共に中秋の月を眺め、夕飯の後二人で 食した。

これが雨だったら月は望めなかったので、ただ単純に嬉しかった。このところお天気に恵まれていたので、徐々に月明かりがまし、フルムーンに近づく姿をひそかに楽しんでいた。

できることなら老いの楽しみ、毎月一回その神々しい光を浴びたいものだと、小生は願っている。さて珍しく真夜中五十鈴川だよりを綴っている。夕飯後いつものように早めに床に就いたのだが、目が覚めたので起きて外に出てみたら、月は中天に移動し煌々と真白き光を放っていた、寸暇月光浴。
最近高齢で素晴らしいお仕事をなさって方の本に惹かれる

しっかり目が覚めたので、月明かりで何とはなしにリビングが明るいので、夜中だし電気はつけず、感覚を研ぎ澄まし、明るい闇の中で弓の素引きの稽古を10回ほどやってみた。(いったいこの初老男は何をやっているのだ)

漆黒の闇であったらまず不可能であるが、満月の夜なら闇の中での、瞑想的な弓の稽古が可能であることが分かった。(もう好きなように時間を生きるのである)

大方の現代人にとっては、闇は恐ろしいという感覚が大勢を占めるに違いない。私だって闇は怖い、小さいころの記憶の原風景の夜は、まだ裸電球のみが灯る(くらいの)明るさで、闇の方がはるかに勝っていた。

街が都市化され超速の照明の変化、家がの隅々までが明るくなり、人間の中に闇に対する恐れが消え、コンビニはいつも明るく、昼と夜の境界が消えつつある時代が訪れている。

だが、絶滅危惧種的な感覚を持つ私は、あの恐ろしいまでの雨の日の漆黒の闇の幼年時代の記憶を忘れることができない。光と闇のバランスが 崩れたら、おそらく人体もまたなにがしかの異変が起きるのではないかと、アナログ初老男は月明かりのもと、あらぬ不安を抱く。

あらゆる文明は、行き着くところまでゆくのであろう。満月の明かりは初老男を不安にさせる。不安を消すには、真夜中の弓の素引きはまたとない特効薬である。

2018-10-24

神は、目に見えない細部にいらっしゃる、という気づき。

起きたばかりでまだ身体がボーっとしているが、何か書いて体を起こして、今日一日を始めたい。

雨上がりの朝、新聞を取りに外に出たのだが、なんとも気持ちがよくて、今日はたまさか遊声塾もお休みなので、終日完全なオフタイムである。

オフタイムではあるが、このような日にこそ、その分ロミオとジュリエットを丁寧に読む時間に充てたいという、私の思いがある。

リア王から意識的に始めたことに、いろんな役の長いセリフや、気に入ったセリフ、いいにくいセリフなどを、書き写しながら、声に出すということがある。

それと散歩を兼ねて、立って歩きながら、ぶつぶつとつぶやきながら、声を出すということも。こちらは数年前からやっていたのだが、より意識的に散歩時間に組み込むようにしたのである。

気分がいまいちの時でも、青い空の下、あるいは曇りでも、あるいは激しい雨でなければ、これがなかなかによろしい。
シェイクスピア解読対談、素晴らしく面白い

私は、限りなく人生も晩節を迎えて反省しきりの、昨今である。三つ子の魂は治らないものの、自分自身の至らなさへの気づきは、若干深まっているのではないかという、自覚がある。

反射神経他、いろんな動作が緩やかに下っているのを自覚しながら、何事も意識的に丁寧にゆっくりとやろうという、時間はかかるがそのことをマイナスに考えるのではなく、あえて楽しもうという、逆転の発想である。

例えば食事の後の後片付けは、ほぼ完全に私がやる様に自然に最近なってきた。なぜなのか、苦にならず愉しいからである。掃除他リタイヤ後、私が苦にならず取り組んでいる生活する上での家事雑事を、なるべく丁寧にやる様になってきたのである。

これはひとえに遊声塾を立ち上げて、丁寧に言葉を声に出し続けていることと、あながち無関係ではないように感じている。繰り返し丁寧に、ゆっくりと、用心深く声を出すしか、シェイクスピアの登場人物は近づいてこないのである。

何度も書いているが、小さいころから私は怠惰で横着で、日向人的などこかずさんな自分を持て余しつつ(いまもであるが)何とかこの年まで生き延びてきたが、ようやく近年シェイクスピアを声に出して読み続ける中で、塾を立ち上げたことで、幾分かではあるが、その横着さが改善の兆しなのである。

オーバーだが、自分自身の至らなさや弱点を、気づいた時から少しでも見つめなおし、改善するためには、台詞を繰り返し諳んじる営為(よしんば諳んじられなくても)、書くということのほか、あらゆる手間暇のかかることの中にこそ、何か大切なものが潜んでいる。(との思いだ)

神は細部に宿る、というが目に付くところには神はいらっしゃらない、のである。












2018-10-21

秋日和・靴を洗って・書評よむ。

昨日に続いての素晴らしいというほかはない、秋日和である。布団を干し、ズック靴を洗い束の間、朝の陽光を浴びて、五十鈴川だよりを綴りたくなった。

遠出はできないのだが、今日は妻と母との用事を共にやる予定である。妻がフルタイムで働いているので、土日しか共に過ごす時間がないので、これまでできなかった反省も込めて、何事にもまして可能な範囲で妻との時間を共有したいという、殊勝な私なのである。

何度か書いた記憶があるのだが、父も晩年は、苦労を共にした母との時間を何にもまして、大切にしていた。私も亡き父にあやかるつもりだ。

その姿が、私に焼き付いている。子供たちが巣立ってからは、何よりも 母を大切にしていた。臆面もなくつづらせていただくが、妻との出会いなくして、今このように穏やかに過ごせる晩年時間は、けっして私に訪れることはなかっただろう。

今朝はこれくらいにとどめるが、古希を無事に迎えることができたなら、折々妻とのことなども、思い出せるうちに綴っておきたいとは、考える私である。

だが今はまだ、どこか気恥ずかしいし、何よりも妻から、あまり私のことは書かないでねと、くぎを刺されているのである。
手間暇を楽しめる初老男を目指したい

さて、日曜日は書評が楽しみの私である。M新聞の書評氏には、私の好きな書評氏がずいぶんいるので、楽しみなのである。文字が読めることは本当にうれしく在り難い。

書評を文芸的エッセイにまで感じさせてくれるほどに、本を実際に(とてもではないが読んでいる時間はないが、どうしても読みたい本は買うことにしている)読まなくても、私には足りるのである。

へーっ、こんな本があるのだと知るだけでも、この十数年、学び楽しませてもらっている。凡夫は凡夫なりに、継続持続、読み続けていると、何かが蓄積されてくるのを実感する。

だからなのだろう、書評ノートだけはやめられない。ささやかな知的刺激、自己満足独学時間は、ひそかな愉しみの域をでない。

世界の出来事への知的扉が開き、知らない世界が垣間見え、何もお金がかからないのであるから。世の中に出て、散々お金に苦労した私には、居ながらにして小さな知的な旅をしている気分になれる、のである。

緩やかな陽光を浴びて、コーヒーを飲みながら、書評を読み、気に入った本を切り抜いてノートに貼る営為、アナログ初老男にはまことに持って、似合っていると、自賛する私である。


2018-10-20

草刈り初老男、天空に向かって声を放つ。

すがすがしい秋の陽光が、娘たちが使っていた、そして今は私の自由気まま空間として使っている部屋に、差し込んでいる。

窓から日差しを浴びながら、とらわれることなくどこからか湧いてくる言葉を、五十鈴川だよりに書き綴れるいっときに、私はささやかな、幸福を感じる。

さて今日から10日ほど、肉体労働の仕事はお休みである。お休みの分今月はこれまで、午後も何日か仕事をした。今働いている肉体労働の仕事は、時間の都合がつくので私にとってはとてもあり難い。

実は孫に会いにゆく予定で、10日ほど空けられるよう調整していたのだが、もう少し待てば、レイ君と望晃くんが11月には帰ってくるし、ちょっと家庭の諸事情で、上京はよすことにしたのである。

ということで、ぽっかりと空いたこれからの10日間をどのように過ごすかということだが、基本的には普段通りに過ごしたいという思いである。

午前中空いた時間、普段やっていることをもっと増やして、リズムよく一日が送れるように、と考えている。今週は遊声塾もお休みなので、今日を含めて弓の稽古に出掛けるだけなので、たまさかの貴重なオフタイム、静かに学びの時間を 増やしたい。

ところで肉体労働の仕事、ほぼ2カ月があっという間に過ぎたが、身体の調子がとてもいい。上手ではないが、20年以上中世夢が原で、草刈りほかの肉体労働の仕事に従事してきたおかげで、天の下での体動かしが私に合っている。

一人有酸素運動、芝を刈ったり、草を刈ったりしていると、ゆるやかに時が流れ、どこかで、知らぬ間に自分自身と向かい合っていたりする。とにかく体が動く(ける)有難さ。

この間、私の仕事ぶりを見ていてくださった上司の方が、あまり無理をしないようにと、声をかけてくださる。皆さん親切で感じがとてもいい。

仕事さえきちんとやれば、私のペースでやっていいので、私にとってはまことに持って有難い、というほかはない。限りなくストレスがないのである。

話は変わる。夏の猛暑の中での、リア王の声出し稽古を何とかやり遂げ、9月から塾生とのロミオとジュリエットの 声出しが、始まっている。
いろんな翻訳の日本語で作品を読む

遊声塾も6年目に入る。現在塾生は7名、(夢のようである)私を含めてお休みの人がいない日は、8名で輪読をするのだが、やはりこれくらいの人数で声出しすると、皆の気が気を呼び、思いもかけず、愉しい声出し稽古ができる。まことに持って、人間の体は不思議な声を発する。

声量というものは老いと共に、落ちる。肉体の老化と共に、肺活量も筋肉もあらゆる器官が。だが歳を重ね、作品を深く理解したり、これまで気づかなかったことに気づくようになるとといった点では、成熟の熟慮の果てに得られる、老いの幸徳を私は実感している。

だから何とか持続継続ができている。踏ん張って、かろうじて体が動き、声が出せている。生きて動いて働ける間は声を出し続け たいと、今のところ念じている。

繰り返し書いているが、月謝をはらってまで、個人的に思いついた私塾に参加してくださる塾生に私ができることは、と問う。

30年ぶりにシェイクスピアの翻訳(いろんな翻訳の日本語の素晴らしさに感動する。私は翻訳の日本語のシェイクスピアの言葉を声に出したいのである)による言葉を声に出し、言葉と格闘しているのである。(格闘しないと自分の内面が磨かれないのである)

毎回、身体がついてゆかず、悲鳴を上げる。やがては体が白旗をあげる日が、近未来やってくることは、頭では自明の理である。

でもその日、悔いなく白旗を掲げられるように、虚空にむかってらせん状に声を放ちたいという思いの消えない、初老草刈(正雄ならぬ)天邪鬼の私である。



2018-10-19

【五十鈴川・清き流れはあればあれ・我は濁れる水に宿らん】

昨夜床に就いて、五木寛之さんの、すらすら読めるが、なかなかに含蓄に富む、【とらわれないと】いうエッセイを読んでいたら、いきなり、(五十鈴川・清きながれはあればあれ・我は濁れる水に宿らん)という歌が目に飛び込んできた。

何せ私のブログは、故郷を流れる五十鈴川に想いをはせた、還暦を過ぎて書き始めた、原点帰りというか、老いてゆく下り坂の、初老男の想いを綴る、五十鈴川だよりなので、五十鈴川という文字に、目が釘付けになったという次第。

話は飛ぶ、私が高校3年生の時、高校があった日向市で 五木寛之氏の講演会が行われ、当時直木賞を受賞されたばかりの、氏のお話を聞いた記憶が鮮明に私の記憶にはある。

(氏のお話を聞いて私はふるさとを飛び出す決心がついたように思う)

やさぐれて、どこかシニカルで、1932年生まれの氏は、当時38歳であられた。カッコよかった。



以来、あれから幾年月、小説の類はほとんど読んではいないが、エッセイの類は折に触れて、今も時折読んでいる。(あれから半世紀近く、氏は今もカッコイイ)

理由はいろいろあるが、文章が平明で読みやすく、何よりも私のふるさとに近いところの、ご出身であり、言葉の訛りに親近感を覚えるし、何よりも氏が私の両親と同じ、教育者であり、北朝鮮からの引揚者であるという、一点に尽きるのではないかと、考えている。(人間の阿修羅のごとき現場を、氏は思春期に原体験、そのトラウマが氏を作家にしたのだと思える)

氏の時代と人間を傍観者的に思索的に眺める、独特の視点ははなはだ貴重である、しかも好奇心は今に至るも 衰えず、現役で淡々とお仕事をなさっている、強靭な持続力には驚嘆する。

自由気ままに生きておられるかのように、デラシネを自認しておられ、軽く書かれているが、内容は深く重い。10代の終わり、風に吹かれて、というエッセイに、私がどれほどの影響を受けたのかがわかる。

たぶん氏のエッセイを読まなかったら、異国自費留学は思いつかなかったし、なしえなかっただろう。シベリア鉄道に乗って帰国するという発想も生まれなかっただろう。

早稲田大学に入学はしたものの、極貧の学生生活。私も演劇を学ぼうと田舎から淡い夢を見て上京し、氏には遠く及ばないものの、ある面どこか共通するかのような都会生活。あの赤裸々な青春生活エッセイにどれほど救われたことか。 (生きるということはかくも厳しいのである)

高齢になられてなお、老いるということに関して、ご自身自体を見つめるまなざしは、作家の宿命的業を感じさせ、人生の先輩のデラシネの矜持がいかんなく発揮され、今の私の何かを触発する。惹かれる。

ずいぶん時間が流れたが、高校生の時に啓発されたように、半世紀の時が流れ、今また再び巡り合ったかのようにさえ感じる、のである。

2018-10-13

読書の秋、佐藤優氏の本を読む。

自分でも驚くくらいの、50代まではおもい及びもしなかったほどに、静かなというか、家から出掛けなくなった自分がいる。

引きこもりではなく、家で静かに何かをじっと過ごす時間が増えて、そのことの方が、自分にとって気持ちがいいのである。

最近、弓の稽古のことにはほとんど触れていないが、ささやかに弓の稽古時間を、どんなにやる気がない時でも、弓に触れるように心がけている。

幸い、我が家のリビングの空間は天井が高いし、床が木なので道場とまではいかないが、弓の稽古が可能なのである。

午前中肉体労働の仕事を終え、帰って昼食を済ませ、少し休んだのち、ロミオとジュリエットの 長いセリフを書き写したり、本を読んだりする合間合間に、弓の素引きほかの所作の稽古をすると、実に気持ちが引き締まって、物事がはかどる。(ような気がしている)

平日の雨の日は、肉体労働の仕事もないし、妻も仕事なので、食餌時間も含め夕方まで、一人の時間を存分に過ごすことができる今を、ことのほか幸せに感じている。

逆に考えれば、これまでの人生時間、あまりにもひとり時間を過ごさずに来たのではないかという反省が私に生まれているのである。(あまりにも学ばなく人生を過ごしてきた)

だがこういう内省というか、反省というか、年齢相応の個人的心境などというものは、その年齢にならないとなかなか訪れない、今の自分に忠実であるだけである。

時間単位で、順繰り過ごしていると、時間は瞬く間に過ぎて、妻が帰ってくる時間となり、二人で夕食の準備や、メルの散歩などを共にし、夜はリラックスタイムを過ごし、早めに床に就き、明日に備えるといった按配の、秋の日々なのである。

さて 、読書の秋である。いま、佐藤優氏の【交渉術】という本をゆっくりと読んでいる。全17章の12章までを読んだところ。実はこの本2009年に買った本で、いつか読もうと思っていたのだがようやく手にしている。

徐々に引き込まれる。実体験に基づいての、実に氏らしい記述で書かれていて、人柄が文体に現れていてぐいぐい引き込まれる。

これだけの内容の本が、1667円、私にとっては安いというほかはない。歴代3人の総理(橋本・小渕・森)と直接言葉を交わした、外交官時代の北方領土問題交渉における、繊細極まるやり取りの記述には何度も驚かされた。(よくぞ書いてくださった)

物事の真実というものは、マスコミ等の報道なのでは 決して余人には伝わらないものであることが、この本を読むと実によくわかる。

それにしても、魑魅魍魎たちとの国益ををかけた異国・外国交渉の真実のやり取りの、命を懸けた仕事ぶりはすさまじい。

佐藤優氏が、背任容疑で逮捕され、外務省を去ることがなかったら、このような現代日本にとって、稀に見る有能な作家は生まれなかったのかもしれない、と考えると、運命というものはわからない。

ともあれ、私が佐藤優氏の本を初めて読んだのが2006年、【国家の罠】(外務省のラスプーチンと呼ばれて)である。以来現在に至るまで、どれほど多くのことを一人の庶民として、学ばせていただいているか、感謝しかない。

新書版でも内容の濃い本を多数出されている
物事の真実などというものは、重層的に、多面的に、複眼的に、歴史的に、地政学的に、博覧強記で、しかも人民的な思考を失わず、国益を考えられる真の意味でのインテリジェンスの持ち主においてのみ可能なのだということが、凡夫の私にもかすかにわかる。

語学の教養、キリスト教神学の教養、マルクスの講義他、皆目私にはわからない本も多くあるが、氏独特の語り口、文体、人柄には、私にも伝わる熱い情熱が随所に感じられる。

私の好きな、今は亡き米原万理さんが、困難な状況に陥ったい佐藤優氏のことを案じ、電話を入れるくだりなど、(獄中記にある)感動する。

交渉術に記されている、当時の森総理とのやり取りなど、単細胞の私は目頭が熱くなった。あらためて思う、表面的な報道ほかをうのみにしてはならない。(のせられやすい私は反省する)

佐藤優氏の御本を少しでも読みこみ、氏を通して知る、学ぶ力を、老いてゆく時間の中で見つけたいと、秋の陽光の中念じる私である。

2018-10-08

吐き気あがりの、とりとめなき五十鈴川だより。

一昨日土曜日の夕方、弓の稽古に出掛けようとしたら、急に吐き気を催し汗がじとーっと噴き出してきて、いきなり吐いてしまった。

やむなく弓の稽古はお休みに。横になって休んでは吐き、休んでは吐きを5回くらい繰り返し、胃が空っぽになるまではいたら、ようやっと気持ちの悪さが収まった。

どうも食べたものに当たったらしい。私は食べ物に対してもったいないというという感情が、沁みついている環境に育ったせいか、少々古いものでも平気で口にする悪い性癖があるのが、災いしたらしい。

それと、身体の疲労で体力が弱まっていたのが重なって、身体が耐えられなかったのだと思う。だが昨日一日しっかりと休んだおかげで気分も回復、夕方くらいから再び食欲もゆっくりと戻ってきて、今朝は妻と二人で和食の朝ご飯をゆっくりといただくことができた。(モロヘイヤ、油揚げ、ナスのお味噌汁を私が作った)

妻は私が吐くのを初めてみたといっていたが、私も前回はいたのを思い出せないほどに長い間吐いた記憶がない。

20代は、お酒が弱いくせに飲んでよく吐いた記憶があるが、この数十年は吐いた記憶がない。あらためて健康の有難さが沁みるとともに、若いころよりも免疫力他、体力が低下しつつあるのだから、食べ物にはくれぐれも注意しなければと思い知らされた。

とはいえ、たまにはこういうこともないと、人間というか私という生き物は、すぐに忘れてしまうので、よく反省しなさいとの天の声と思うことにした。

悪いものを全部体が排せつしてくれたおかげで、今朝はそこはかとなく体が軽く、身も心もいい感じである。いつにもまして朝の 陽光がまぶしく感じられる。

近所の造園業者からもらった冬用の薪の材料、涼しくなったら薪づくり

陽光に照らされた金木犀の花が一段と鮮やかだ。 禍を転じて福と為すという言葉があるが、天はゆきすぎたり、やりすぎたりすると、バランスを取らせるために、このような仕打ちをするのであると知る。

弓の稽古ができなかったのは、残念だったが、天が休みなさいといっているのだから、素直に休むことにし、ただひたすら横になり、吐き気が収まってからは、水分補給のために、リンゴジュースと、甘酒を飲んで丸一日固形物を採らず体を休めた。

私の場合オーバーワークや、季節の変わり目には、身体が敏感に反応し、発熱したりして休むことを余儀なくさせられる。年に何回か必ずこのようなことが起こるわが体の内なる警告には素直に従うことにしている。

話は忽然と変わる。昨日、気分がかなり良くはなったものの、幾分体がまだだるかったので、長女に読ませたい新聞の切り抜きを送るための(写メでも送れるが)手紙をしたためて、局まで自転車で投函しに行った。体の力が抜けていて、すらすらとあっという間に文章ができた。

最近、手で文字を書くという行為をできるだけ楽しもうという、自分がいる。特に身近な家族や、大事な姉兄弟 とかには、火急の用がない時には折々、便りを綴るいっときなどが、ことさらに幸せな感情を抱かせる。

手紙を開封するときの気持ちはなんとも言えない。私は今となっては、時代の推移をただただ眺めているに過ぎない、傍観者的初老昭和男子である。

幸い3連休で、今日までゆっくりと体を休め、明日から普段通りの活動に戻る予定。健康は何物にも代えられぬ、ありがたき宝である。

病み上がりならぬ、吐き気あがりのとりとめなき五十鈴川だよりになった。








2018-10-06

草を刈り、言葉を書き写し、言葉を諳んじる秋。

早10月も6日である。本格的に9月から平日の午前中、晴れの日は肉体労働に従事するようになったので、何かといい意味で、より充実した日々が過ごせている。

一日一日が、メリハリよく過ぎてゆくように感じている。今朝も台風の影響がほとんどなく、今のところ青空が窓から望める朝である。

中世夢が原で、開園前や冬場の来園者が少ない季節に、よく草刈りや萱刈をやった経験が無駄にならず、いま午前中やっている肉体労働は草刈りや、芝刈りが主な仕事である。

実働3時間くらいなので、足腰の鍛錬にはちょうどいいので、思わぬ私にとっては有難い肉体労働が、舞い込んできたのである。

私はとりたてて草刈りがうまい というわけではなく、苦にならないのである。ある程度の持続力、集中力をキープする体力だけは必要なので、私としては肉体訓練もかねての仕事と割り切っている。
歳と共に古典の世界に回帰する

話は変わる。若いころから芸術や文化的な事に、まるで逃げ込むかのような日々を過ごしてきた私であるが、還暦を過ぎるころから、何やらそういった世界から、そろそろ卒業というか、足を洗いたいというか、降りてゆきたいというか、ただ自分の好きなやりたことに謙虚に忠実で在りたいと思っている。

ないげない身の回りの、手の届く地に足のついた、平凡な日々をこそ大切にして、生活してゆきたいという思いが深まってきている。

私の祖父母、両親はじめ、姉兄弟、家族含め、芸術やいわゆる文化的な事にはほとんど無縁な、ただただ生活者としての人生を歩んできた。(歩んでいる)

ただただ、ご先祖が暮らしていたような、(そのようなことは不可能ではあれ)つましい生活者としての 日々をこそ、晩年時間は過ごしたいという気持ちなのである。

五十鈴川だよりを注意深く読んでくだされば何度か書いているが、これまで自分が重きを置いて歩んできた時間の過ごし方とは、どこかで決別したいのである。

決別というといかめしいが、有限な人生時間をきちんと整理し、焦点を絞って不義理も辞さず、身の回りの雑事をきちんとこなせる自立した初老男を目指したいのである。

芸術の秋、映画祭などの案内状などが送られてくる。以前なら関心を持ってチラシなども眺めたかもしれないが、特に今年からはそのような関心が薄らいできているのを自覚している。

それはなぜなのかはわからない、ただおぼろげに、自分の関心事が、老いつつ自分の内面のほうに向かい始めているのではないかという気はしている。

何やらは判然とはしないが、以前とは異なる未知なる内面世界の領域に、関心が向かいつつあるのである。

リア王の長いセリフを書き写したり、今またロミオとジュリエットの登場人物の、気に入ったセリフを書き写ししたり、諳んじることに、時間を費やしたり、未知の古典を読むことの方が、(能動的に自分の時間を費やすことの方が、)愉しいのである。

あくまで出掛けて何かを享受する幸徳を辞めたというのではなく、あくまでバランスの問題なのだが、その加減が老いゆく中、優先する時間の過ごし方が、変容してきているのである。(旅だけは永遠の例外、本を持参しての旅、秋は最高の季節、ふらっと旅情が私をいざなう)

天空の元、風を感じながら、伸びた草を、ただただ刈っている時間は、ただただ言葉を書き写す時間と、似て非なるものではあるけれど、私にとっては同義的な今を生きる意味をなすのである。