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2020-11-30

希代のトランペット奏者、近藤等則さんの死を悼み想う朝。

 11月最後の日の五十鈴川だより。つづるつもりはなかったのだが、朝一番新聞を開いたらM新聞の悼むという欄に先月17日にお亡くなりになったトランペット奏者近藤等則のことが書かれていた。享年71歳。

書物2冊、【ラッパ一本玉手箱、我かく戦えり】がわがささやかな書棚にある。IMAバンド で直接演奏を聴いたこともある。土取利行さんと同じ年、あまりの早すぎる死には言葉を失なう。

私とはわずか3年の年齢の違いしかない この不世出の演奏家を、土取さんとの出会いでたまたま知り、直接演奏を聴く機会がもてたこと、今となっては一瞬にして思い出になってしまった。(1989年長女が生まれた年、天安門事件が起き、それに抗議する緊急ライブをいち早く実行したアクションに瞠目した)

あらためて人の命のはかなさを感じるのは、当たり前だが、若いころは遠かった感覚の死が老いと共に身近に感じられるからだろう。 何を書いたらいいのか、何が書けるのか。

ただ、近藤等則さんという、私にとって最高にカッコイイトランペット奏者と同時代に生きて巡り合い、その生き方の真摯さに撃たれたものとして、きちんとご冥福を祈りたい。

職業としてのトランペット奏者の概念をぶち破り、音楽家、人間としての純粋な矜持、魂を見失わない、息を吹ききった壮絶な希代の奏者というしかない。四国出身で同じ年、土取利行さんと若き日武者修行のように伝説の演奏を繰り広げたつわものの、コロナ渦中での死。

昨年末の中村哲先生、私が影響を受けた方々が次々と冥界に旅立たれる。 真の詩人や、哲学者、音楽家、あらゆる人間存在生活の多分野で真の勇気を持ち、死を超越した生き方、活動を現世でなした方は、この先を生きてゆくものの一隅の足元を照らす。

どちらに向かって歩めばいいのかは、中村哲先生の書物はじめ、わたしがこれまでの生きてきた時間の中で直接出遭え影響を受けた人間、また間接的に出会った魂を揺さぶる書物や音楽、絵画が導いてくれる。

私が生きている間は、中村哲先生も両親も有形無形、これまで私が影響を受けた方々は消えてはいるが私の中に生きている。私の中で繰り返し再生し勇気をくれる。このコロナ渦中生活で私の中にも変化が生じている。

無意識が意識化されてゆく。壮絶な死者のエネルギーを浴び、いただきながら、共に歩んでいきたい。



2020-11-28

初冬の日差しを浴びながら、うつらうつら陽だまりで布団を干し、夢想する。

 あっという間に一週間が過ぎての五十鈴川だより、コロナウイルス、初冬を迎えての感染増加の脅威は収まる気配はない。この8カ月間極めて行動範囲の狭い暮らしを続け、家族や近親者以外の人たちとの会話や対話をほとんどしていない私である。(例外は土取利行さんのみ)

この間 弓の稽古だけは持続している。弓道場はほとんど青天井、多方向からの風の 流れがある。居合わせた方々と少ない会話を交わすことはあっても、面と向かっての長い会話はない。

アルバイト先は野外、他者との交流は皆目ないので、今のところ私は極めて以前と全く変わらない健康な生活が営めている。そのことに対する有難さは筆舌に尽くしがたい。

新聞ほかのメディア報道によればこの(異国を含めた)コロナ渦中の多くの国民の多岐にわたる職種、世代ごとの生活困窮者は凡夫の想像力をはるかに超えている。冷静に考えても粛然とする。(自殺者の急増他、置かれた立場の困難には言葉がない)

経済とは何なのであろうか。お金とは何なのであろうか。一方で期限切れ賞味期限切れの食品廃棄物がわんさかある、方や飢餓にあえぐ地球上の生活困窮者が億人という数字上の単位で存在するという、不条理現実に唖然とする感覚を有する初老凡夫である。

先日読んだ永六輔さんの伝言(矢崎泰久さんがまとめた、素晴らしいお仕事)に、やなせたかしさんの言葉【正義とは世界から飢えをなくすことである】とあった。

あまりにもの理不尽というしかない格差、そのバランスの悪さに人類につけこんできたかのようなコロナウイルスの猛威は何を暗示、示唆しているのか不気味である。

理解を超えた理不尽不条理がまかり通る世界の現実を知らせてくれてくれるのは、この100年の映像の世紀、電波通信、移動乗り物、書物物流の発達のおかげ、この数十年のデジタル革命インターネットである。過酷なアフガニスタンの辺境大地から警鐘を鳴らし続け、一隅の緑の大地を創り上げたた中村哲先生が言うように、爆弾よりも安全な水と食い物なくして、ヒトは人らしく生きられないのだ、その言葉を心の片隅に私はこれからの人生を歩むつもりである。

どんなにテクノロジーや科学が発達したとしても、飲み食う排泄する人間の基本生活は普遍である。足元の自分が立っているところから、こころの闇をさまよいながらも物事をつつましく思考する勇気を失いたくはない五十鈴川だよりでありたい。

老いつつもあらがい、身軽に小回りのきく下る身体を持続するためには、今日一日どのように過ごしたらよいのかいけないのかを、以前も書いた気がするが(何度でも書くのだもう老いているのだから)ハムレットのように、永遠の問いをくりかえすしかない。

悲しいかな自分や身近な存在のことで精いっぱいではあるものの、無数の不遇をかこう他者の存在をどこか心の片隅に留め置く想像力を養い、書ける間は五十鈴川だよりを書きつつ、アフターコロナを見据えたい。

日差しは万物を包みあまねく降り注ぐ、今夜は徐々に月の形がまあるくなりつつ輝く、その光を浴びつつ思考し何かを蓄えたい。

 

 


2020-11-21

11月に入り、にわかにコロナウイルス感染者が増え続けこの数日2000人を超えている。3連休、初日の朝に想う。

 早一週間、五十鈴川だよりを書ける、ささやかな嬉しさがある。どういう暮らしが今の年齢の自分にとって気持ちがいいことなのか、また幸福とは一体全体どのような状態を指して言うのかは、世代ごとに、または置かれた状況、立場によって、このような複雑怪奇な時代には、おそらく千差万別であろう。

私の場合は、このように五十鈴川だよりを書ける、書こうという気になる日を持てるということが、このコロナ渦中生活でも持てているといったことが 、ささやかにも幸福な状態にあるといった認識を持っている。食うに困らず、夜露がしのげ、健康であれば、ほかにこともなしといったあんばい、ハラハラ落ちる色づいた木の葉を眺め散歩のお供はメルで十分。

非常事態、まさに再びの到来を不気味にも告げるかのようなこの数日のコロナ感染者の急増、メディア報道によれば、今日、この3連休の移動自粛を盛んに呼びかけている。GOTOトラベルやGOTOイートは実施していてのこの矛盾は、どのような結果をもたらすのか。

初老凡夫、静かな生活の充実を好む齢となっては、多くを語ることは差し控えるが、命あっての物種であるということを、もはや多くの国民がとうに忘れ去っているというしかない。

安ければ旅をする(安いというのは多くの場合錯覚であると凡夫は思っている)、安ければ普段は手の出ないものに手を出すというのは、へそ曲がりの小生にはやせ我慢してでも近づきたくない。(自分にも他者にも禍が及ぶ可能性が高まる)

それにしても、冬が深まるにつれてのコロナの世界的な増加爆発は、いくら能天気な初老凡夫でも、寒々と気が滅入る 。とくに大国アメリカやEU、インドほか他国の増加、感染爆発には、対岸の火事どころではない、何か得体のしれない不気味さを感じるのは、小生だけではないだろう。

ワクチンの対処一つとっても専門家の意見は異なる。フェイク情報がまかり通る。危ないのはコロナウイルスだけではない、多岐に及ぶフェイクウイルス情報に感染してしまうことも。何が正しい情報なのかが、この超情報化時代あまりにも判然としない不気味さを私は感じる。

だから画面を通しての編集された間接情報を私はほとんど信じていない。一初老凡夫としては身体を通しての直接情報に重きを置いている。五感を通しての直接情報、光や、雨や、風や、土や、色づく木の葉など身体を通して感じ湧き上がる、血が体全部が感じる、体感生活をこそが私の基本生活である。

リアルワールドとバーチャルワールドの往還。だがあくまでリアルが基本、その上に頭が、バーチャルが乗っかっているのである。足で歩き、手で耕し、日々を愛でる。極めて普段通りの生活をしながら(手洗い、マスク、栄養、睡眠、土いじり、読書、弓、散歩、音楽、運動等々)ひとりでできること、ひとりで楽しめることの充実を図る生活をする、といったことくらいしかない、のだが。コロナが終息するまでは努めてひとり時間を大切に生きるのだ。

この3連休、お墓参りに帰郷したかったのだが、じっとしていることにした。でも年内に、コロナウイルスを避け、車でそっとお墓参りに帰りたいのだが、成り行きに任せるしかない。。人知を超えた季節をまたいでのコロナウイルスの脅威を前にして、凡夫にできることは限られている。

さて、一週間後感染の増減がどのように推移しているのか、ひどくならないように祈るしかない。

 

2020-11-14

冬の陽だまり、土取利行さんとの突然の昼食再会時間が持てました、そして想う。

 一週間に一度綴る五十鈴川だよりになりつつあるが、この程度の頻度でつづるのが今の私にとっては、自然な流れである。

今日は最近入会した総社の弓道クラブの月に一度の例会が午後ある。そのことは置くとして、先週の日曜日、八日 午前10時ごろいきなり土取利行さんから電話があり、今香川(土取さんは香川の出身)に来ている

あまり時間がないのだが、都合がよければお昼をとのお言葉。今年の冬コロナ騒ぎがこのような事態になる前にあって以来の再会。直接対面して人と話をするのは家族以外では先の上京で友人と短い時間あって以来。

コロナ渦中、わざわざ 時間を作って会いに来てくれるというのは、きっと何事かあると直覚した私は無論いいですよと、返事をした。電話を切りわずか一時間半で香川の土取さんの音楽活動をサポートするO氏の運転で土取さんは我が家にやってきた。

近所のお店でお昼を食べ、食後は席を変え、我が家のご神木八朔の樹の下でお茶しながら、約二時間近く近況を語り合った。いつものように土取さんの口を突いて出るお話、コトバにじっと私は耳を傾けた。

前回は 香川が産んだ反骨のジャーナリスト宮武外骨の話、今回は私の知らないキリスト者として人生を独自にまっとうした、その名【賀川豊彦】氏のことを、いつものように熱く語られた。

話は飛ぶ。土取さんのことは五十鈴川だよりを書きはj秘めてから折々書いているので省くが、26歳で ロンドンで知己を得て以来なので、早42年の交友が続いている。このような私にとっての異能(脳)の人とのご縁を、私は今更ながらに、歳ふるごとに感謝している。

出会って以来、私は土取さんとはつかず離れずの関係性を今もだが持続している。カッコつければ、君子の交わりを続けていていざという時にしか、連絡をお互いに取り合わない。

でもいざという時には、このように連絡が必ず来る。いつ何時連絡が来るかもしれないので、せめてちょっとでも役に立てるように、自分も普段からフットワークを軽くして関係性持続生活力を保っている(つもりである)。

芸術家というに値する生き方、あらゆる困難を抱え込みながら、土取さんの口を突いて出てくる言葉は、初々しく今現在を生きており、未来を見据えよどみがない。人生にはタイミングというものがある 。娘たちの手が離れ、初老凡夫生活の今、再び土取さんと久方ぶりに何か共に企画プロデュースをやれる仲間に、私を加えたいのだとのありがたいお言葉。

全世界の終息がいつになるやもしれぬ このコロナ渦中(この一週間で感染者はますます増え続けている)土取さんは時代を怜悧に見据えながら、これからの音楽家としての使命をいよいよ故郷で実現すべく布石を打っている。そのことが地下水が流れるように伝わってきた。

私もコロナ渦中、私自身世の中に出てからのこの半世紀の出来事をじっくりと振り返ることができ、これからの時間の過ごし方を考え続けていたので、またとないタイミングでの対話時間となった。

土取さんはとんぼ返りで香川に帰っていった。夏は郡上八幡、冬は香川での暮らしを今後は考えるとのことであった。私もいよいよ岡山とふるさととの二重生活を考えているし、土取さんが香川に来る機会が増えれば、今後ますます会う機会が増えるので、私としては実に大いなる喜びである。

時代を鵺のような面妖な閉塞感がおおうがこのような時にこそ真の意味での音楽家の存在が必要である。 素晴らしいというしかないあまたの勇気ある先人たちの足跡を知ると、冬の光を浴びながら、コロナ後の生活を見据え、コロナ渦中生活を大切に生きたいと思わずにはいられない、土取さんとの予期せぬ初冬の陽だまり昼食再会時間となった。

土取さんを応援する若い世代の香川の有志たちとの出会いも愉しみ、香川にゆきたくなっている。

2020-11-07

小松由佳著、【人間の土地へ】素晴らしい本に出合いました。

 早立冬である。先ほど外に出たら路面が濡れていて小雨である。季節はあっという間に移ろい、あの暑い夏のこともにわかには信じられないくらい忘れて、ストーブなどの準備をしなくてはならない。

思うに人間には忘れていいことと、けっしてわすれてはならないことがあるし、また個人的な体験、どうしても忘れられないことがある(でできている)と、私は想っている。

五十鈴川だよりは、その五十鈴川がながれる河口の小さな田舎の町に生を受けた、はなはだ個人的なその土地の記憶が、今も鮮明に私の脳裡の奥深くに色濃く眠っていて、老いが進むほどにその記憶は、つらかった記憶も含め、今となっては黄金の記憶のように思えるのである。

ヒトは人生という一回限りの旅を、物語るかのように生きる器である、という気がしてならない。自己分析の持ち合わせがなく、ほとんど成り行きでこの年齢まで何とか生き延びていられる現在を振り返ると、前回の五十鈴川だよりでも書いたが、運に恵まれたというしかない。

今年も残り2か月を切ったわけだが、良し悪しではなくコロナ渦中生活のおかげで、自己との対話、内省的な時間がたっぷりととれたおかげで、コロナが終息を(むかえてほしい)迎えたら、以前にもまして静かな初老凡夫平凡生活を送りたいという気持ちが強くなっている。

アメリカ大統領選挙の行く末、日本学術会議への権力の介入、一見国民のためという装いで、まったく説明責任を果たさない(果たせない)鉄面皮のような新首相(まったく前任者の悪しき所を踏襲している)のらりくらり答弁には、うすら寒いこの国の行く末が、不気味に横たわっているいるような、想像だにしたくない未来が待っている気がしてならない、そのことはごまめの歯ぎしり、初老凡夫五十鈴川だよりにきちんと書いておきたい。 

このようなことを書き始めたら、歳を忘れて怒りがいまだ体に渦巻くが、長いものには巻かれろ、力の強いものにはこびへつらい、弱いものには居丈高になるといった輩とは、一線を画す五十鈴川だよりでありたい。

さて、いきなり話を変える。コロナ渦中生活7カ月、この間本当に良き本に多々私は出会っている。山藤章二さんに続いて、小松由佳著【人間の土地へ】をゆっくりゆっくりと読み進み、読み終えた。また世界を変えてゆく一人の若い日本女性のすばらしいというしかない本に巡り合った。

長くなるし、時間の都合で簡単に記す。五十鈴川だよりを読んでくださっておられる方、検索して、心が動いたら本を買ってお読みください。お薦めします。シリアの砂漠のラクダと共に生きてきた民の末裔と、縁あって結婚し(現在お二人の男の子供を授かっている)た日本女性のノンフィクション。

なんとその女性は、日本人初の知る人ぞ知るヒマラヤの最高峰K2に登頂を果たした【小松由佳】さん。波乱万丈という言葉しかない真摯な生き方、歩み方に思わず涙した。

悲惨極まりないこの10年間に及ぶシリアの戦争(内戦ではない)状況を、一日本人女性が命がけでリポートしている、地に足が付いた視点から。国家とは、民族とは、家族とは、友人とは、勇気とは、男女とは、自分とは、命とは、豊かさとは、幸福とは・・・・・。

人間の土地へ、母なる大地のような著者の生き方、命がけの選択に深く深く初老昭和男は打たれた。良き本は勇気をもたらす。中村哲先生の御本もそうだが闇夜を照らす明かりのような本に私はであった。是非著者にあってみたい。

2020-11-03

月のエネルギーを浴び、朝日のエネルギーを浴び五十鈴川だよりを綴る。

朝湯を浴び、五十鈴川だよりに向かう。窓からは西の空にまだまあるい残月がのぞめる。月を望めてちょっぴりと幸せな気分になれる私は、現代人としては単細胞に極まる初老凡夫である、と自覚している。

老いと共に、はなはだ始末に終えない頑固な単細胞人間化してゆく我が身をどこかに感じている。亡き父もはなはだ頑固で、老いては子に従わないなどとのたまっていた。血なのである。

晩年父は人との交わりは極端に減らし(父は情が濃く寂しがり屋でヒト好きであった)囲碁三昧に終始し、旅といえばいつも傍らに亡き母を同行した。母が先に行くと一気に老いが進み後を追うように逝ってしまった。

父は83歳まで生きて旅立ったが、意識は最後までかなりしっかりしていたと兄や姉はそばにいなかった私に、のちに語ってくれた。

さて、父が旅立った年齢まで私が生きるとすると、(生きたとすると)私の人生時間は残り15年ということになる。このコロナ渦中の7カ月、降ってわいたように静かに考える時間が増えたことで、(今も考え続けているが) いよいよもってこれからをいかに生きてゆくのかという問いをいやでも自らに問わずにはいられない、いろんな自分の中の一人がいる。

朝からこんなことを書くと、何やら意味深であるが、本人は18歳から世の中に出て、まるで本能のままに動物的な感覚で、何とか世の中、世間と折り合いをつけて生きられた50年をおもうと、運にすくわれたという思いしかない。若いころから影響多々の五木寛之さんに習えば、他力本願で生きてきた私である。

だから三つ子の魂百までという性をおそらく最後まで引きずりながら、往生悪く往生できたら、それでいい。なるようになるといった心境、可能な限り無理を承知で、老いと向かい合いたいという気持ちが、降ってわいた静かなコロナ渦中生活で 芽生えつつある。

61歳で始めたシェイクスピア遊声塾、65歳で始めた弓との出会い。コロナのために、いまだ遊声塾は休塾しているが、弓のほうは無言で稽古ができるので、遊声塾に費やしていた時間をほとんど弓についやしている、そのおかげで私のコロナ渦中生活の心身の、さやけき健康が保たれているといっても過言ではない。

昨日雨で山藤章二さんの【自分史ときどき昭和史】をほぼ読み終えた。昭和男の面目約如ぐいぐい引きこまれ、段違いの才能というしかないが、書かれた時が77歳、記憶力、文筆力、ユーモア、冷静さ、諧謔性、戯作力、落語に関しての博覧強記、ラジオで鍛えられた耳のよさ。それらが怜悧な脳に詰め込まれていて、独創的な絵師が生まれたのがよくわかる自伝。

感動した。読むのに忙しく(私は読むのが遅い、読んでいるとあらぬことを想像し、考えてしまうのだ)五十鈴川だよりにには読んだ本のことをほとんど書いていないが、これからは可能な限り書こうと、(少ない読書量だが)思っている。

このコロナ渦中の読書、あらためてこの歳で本と真摯に向かい合う読書体験をしている。自分のこれまでの偏った読書、物の見方考え生き方というものを見直すまたとない時間をコロナ渦中生活は私にもたらしている。

単細胞人間の私は感動すると勇気が湧いてくる。18歳から半世紀、やけのやんぱち思い付いたことにすがり、負をエネルギーに、コンプレックスを我流でいいように解釈し乗り切ってきたが、今後もこれを踏襲し、反省し振り返り、わが立っている足元生活を固めたいと、踏みしめたいと念う。