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2022-12-27

【音読に・筆写で過ごす、師走かな】【冬光・浴びて音読・古稀の朝】

 シェイクスピア音読自在塾、昨年一人のかたの参加があり、コロナ渦中ではあったがやっていた、がそのかたが参加できなくなり、そうこうしているうちにウクライナでの戦争が始まり、暫し音読どころではなくなり、10年ぶりに企画をすることとなった。

ウクライナの戦争は未だ収束の気配は見えない。この間、日々のルーティン生活を送りながら、今もだが内面の忸怩たる閉塞感は消えない。だが揺れるおもいを五十鈴川だよりを打ちながら、なにかせずにはいられない不確かな自分がいる。

音読で・老い活たのし・古稀をゆく

10月沖縄を訪れ、畏友、K夫妻にお会いしたことが奇縁で、多嘉良カナさんという稀代の音楽家と出会うことができた。多嘉良カナさんを来年企画することを、決めたことで、何やらどこか体に風が入り込むようになり、いっこうに終息の気配の見えないコロナ渦中ではあるのだが、とりあえず音読自在塾を再開することにし、中断していたYさんにお声をかけたら、やるとのお返事をいただき、11月から平均月に2回のレッスンをやっている。

昨日で年内のレッスンを終えた。ハムレットから始め、今40年ぶりに、二人で長大なヘンリー6世3部作の一部、二部の一幕を音読し終えた、ところである。Yさんは、遊声塾で丸3年以上声をだし続けていたので、素直に素読する基礎がかなりできていたので、初見で新しい松岡和子先生の翻訳による文体にも、そこそこ必死に食らいついているので、期待が持てる。

寡黙でお上手がなく、現在地のギリギリのところで、踏ん張って、ともあれレッスンを積んでいる。初見でいかに音読するか、これは私だって全く同じことなのである。その後何回も繰り返し、音読する作品であれ、なんであれ、すべては最初の音読が肝心である。

40年ぶりのヘンリー六世3部作だが、20代の終わり、ジャンジャンと俳優座劇場で、端役で出演したことがあるので、あの当時のことが思い出され、音読していてなんとも言えず、嬉しく楽しい。松岡和子先生の翻訳でハムレットもヘンリー六世も、鮮やかに新鮮な感覚でもって音読できるえのが、なんとも言えず嬉しい私なのである。

音読と平行して、時間を見つけては、ただ静かに時間を過ごしたいがために、松岡和子先生の翻訳文体の長い台詞の(好きな作品の)筆写も始めたことは、すでに書いたが、これがまた意外なことに思ったよりもはかどっていて、楽しいのである。

一月で、ハムレット、オセロー、間違いの喜劇の主な長い台詞を筆写し終え、昨日から夏の夜の夢に取り組んでいる。ボールペンで大学ノートに書くのだが、打つのと、書くのとでは全く感覚が異なる。読み、音読、書く、打つ、インドアで。そしてアウトドアで肉体を天の下で動かす。基本ルーティン生活がほぼ決まってきつつある、古稀生活である。


2022-12-23

師走も残すところあとわずか、明日は長女家族が帰省する、とりとめなき五十鈴川だより。

 昨日で肉体労働アルバイト仕事を終えた。このアルバイトを始めたのは66才の時の夏のことであったので、もう丸4年以上が過ぎたことになる。晩年時間のこの4年間、この肉体労働アルバイトができていることに対する、日々天を仰げる環境で体を動かせ、今年も無事に終えたことに対する、個人的言い知れぬ充実感は、私のみが知る喜びである。

特に人生で初めての、大きな手術を69才にして以後の、一年9ヶ月リハビリをかねて再び肉体労働に復帰できたこの日月は、例えようもないくらい健康に過ごせていることにたいしてのありがたさは、年を重ねるごとにしみてくる。

T氏が撮ってくださった多嘉良カナさんの写真

健康でなければ、なにをやっていても喜びという感情がわいてこないのは、道理であり、摂理でもある。手術を無事に乗り越え、古稀を迎えてからの私は、どこかがやはり言葉では言い表せぬ微妙な老いゆく感覚の深まりを感じている。

今年もあとわずかとなって来たが、何はともあれ、年末まで無事に生きていて、外は寒気のなか、部屋で冬の日差しを浴びながらこうやって五十鈴川だよりを打てる平凡さを、ただありがたく噛み締める私である。

明日は長女家族が帰省する。ごく平凡なおじいさんの私としては、4才9ヶ月の孫に会えるのが楽しみである。平凡な極みのこの喜びは、おじいさんにならなければ決して味わえぬなにかである。世の中にはお孫さんに恵まれぬかたもおられる。だが、私は長生きし恵まれた。ただ感謝である。

話は変わる。昨日朝前回の五十鈴川だよりで触れた、10年ぶりに再会の奇縁に恵まれたN氏から、まだ一週間もたっていないのに、来年の企画のチラシの叩き台のラフがラインで送られてきた。想像以上に素晴らしい。びっくりし、じわじわと嬉しさが今も続いている。予定よりも早くできそうである。

再び話は変わる。原発の再稼働、次世代の新しい原発の開発、とてつもない軍事予算の増加、ウクライナの見えない収束、どす黒い思惑が渦巻くロシアと西側諸国、アラブや中国との軋轢、経済格差のあまりのー広がり、ウイグル他、目をおおいたくなるほどの、人権無視、権力の恐ろしさ。気候危機の問題。理解不可能な無力感に教われる。が、凡ぷではあるにせよ無関心ではいられない問題意識が、辛うじて私のなかにはいまだある。

孫の未来は、この惑星に生まれた子供たちの未来である。どんなにささやかではあれ、穏やかな生活時間が広がってゆくような未来であってほしい。取り返しのつかない多国のむこの民が巻き込まれるおぞましい戦争だけはノーである。ただそれだけである。気の遠くなるほどの値段の戦闘機や迎撃ミサイルの値段。凡人の想像力を越えた、なにか得たいの知れない悪魔のような産業が私たちの知らないところで、跳梁跋扈活性化している。(気がする)とりとめのない五十鈴川だよりになったが、とりとめない世の中なので、これも又致し方ない。




2022-12-18

Nさんという、とある方との、10年ぶりの再会に想う師走の朝。

 先日22年間働いた、中世夢が原のMさんから思わぬ、オーバーではなく青天の霹靂のような、嬉しいお電話をいただいた。かいつまんで記すとまだ私が働いていた10年前、園内の武士の屋敷で、とある親子と私は出会っていたらしいのだが、当時の記憶は私にはない。

そのかたNさん親子、お嬢さんは当時まだ小学校3年生だったそうだが、なぜかその一度の出会いの奇縁でお嬢さんがアーチェリーを(私は武士の屋敷の縁側で子供に弓を引かせて遊ばせていた)始めたのだそうである。

毎年妻が飾るサンタの絵

その後お嬢さんは精進を重ね、あれから10年高校3年生の今、なんと国体の選手に選ばれるほどに成長されておられるとのこと。そのお嬢さんのお父さんが、私との出会いがすべての始まりなので、その奇縁を感謝し、是非会いたいとのことで、私の消息を訊ねるメールを中世夢が原に送られたことに対する、Mさんのお電話であった。

即、私えはNさんにこちらからお電話を差し上げた。なんとも声のトーンが柔らかく、話しているうちにこちらから是非お会いしたいと思うほどに、このような一途なお嬢さんを育てておられる父親に、こちらから    無性に会いたくなってしまったのである。

というわけで、一昨日の金曜日の午後、我が家までお住まいの倉敷から来ていただいた。いきなりの再会であるにもかかわらず、Nさん56才、世代が異なるのに、ほとんど私の話に終始したにもかかわらず、独特の相づちを打つ絶妙の間のとれる聞き上手さにのせられ、なんとも話の夢が転がってゆく。楽しい、久方ぶりの男二人の充実した幸せなひとときが過ごせたことを、なんとしても五十鈴川だよりに打たずにはいられないのである。

Nさんは一言ではとても形容できない、現代教育に不可欠と私なども思う、なんとも豊かな、個人での教育事業を多分野で展開されているユニークな方であられた。今日はこれくらいで打つのを控えるが、師走一年を振り返るにはちとまだ早い気もするが、古稀のこの一年は個人的な思わぬ再会が度々起こった一年として、思い出深い年として記憶されるかもしれない。

晩年時間の私の今、このような意義ある意外性のある嬉しい再会は、そうは起こり得ないように想う。あえてよき方向に物語化して考えたい私としては、閉塞感が重く垂れ込めて、明るい話題が見えにくく乏しく感じてしまう時代のなか、このようにユニークな人物が存在することにホットしてしまう。ありがたいという他はない。

氏が関わっている夜間中学でシェイクスピアの音読を何て話も具体化しそうな話の展開、来年の私の2回目の企画、多嘉良カナさんのチラシも流れで氏に依頼することに決めた。意外性の賜物、クリスマスプレゼントが降りてきたのである。


2022-12-17

松岡和子先生の翻訳によるシェイクスピア作品の筆写に冬の自由師走時間を過ごす。

 ほぼ2週間ぶりに五十鈴川だよりを打つ。この間、一人自由時間なにをしていたかというと、シェイクスピア作品の音読と、筆写(10行以上の長い台詞の)をしていたのである。

11月29日、ハムレットから始め、今朝オセローの筆写を終えたところである。20日間で2作品を終えたことになる。特に深い理由があって始めたわけではない。しずかに師走時間を過ごすために始めたのである。この一人時間の過ごし方に熱中していたがために、五十鈴川だよりに向かう時間がなかったのである。五十鈴川だよりを打たなくても、よき時間が過ごせていたのである。

筆写して静かに過ごす師走かな

それと11月から一人、遊声塾時代から3年以上熱心にシェイクスピアの音読をされていたYさんが、我が家で月に2回の個人レッスンに来られていて、そのかたとのレッスンのためにも、優先してやることが増えたために、五十鈴川だよりを打つ余裕がなくなったのである。

Yさんとのレッスンはハムレットで始まり、ハムレットの音読を終え、先日からシェイクスピア作品の中でもっとも長い、ヘンリー6世3部作の第一部の音読を始めたところである。レッスンにこられるかたがいなかったら、なかなか読むことが少ない作品である。ほぼ40年ぶりに松岡和子先生の翻訳で音読している。私はシェイクスピアシアターにいたときに、1984年日本初演、上演時間9時間にも及ぶ舞台に端役で出演したことがある。なんといっていいかわからないくらいこの年齢になると、思い出深い作品なのである。

初期の、最初の作品とも言われている。人間の救いようのない業の深さ、権力への執着、家柄への執着、愚かさを、100年にもわたる英国の歴史薔薇戦争を軸に大河ドラマ娯楽作品に仕立てている。後年次々に傑作作品を書いてゆくのを予感させるに十分な作品である。意味もなく音読している。時間の流れ、展開の早さ、スピーディーな筆の運びはやはり天才と唸ってしまう。面白い。

筆写は古稀の手習い。松岡和子先生の翻訳による音読。60代の頃とは異なり、又どこか新鮮に音読できるような気がするのは、確実に老いて行きつつあるという自覚がの深まりがあるからなのかもしれない。今やらねばとの思い。

ともあれ、労働する、読み書く、打つという基本的な生活ルーティンは変わらないが、五十鈴川だよりを打つ時間は、今後さほど増えないだろう、一日の時間は有限、なにかに集中していたら他のことはできないからである。とまあ、この様なわけで久しぶりに打つ五十鈴川だよりなのだが、どこか嬉しいのである。特にぶつぶつ言いながら筆写を始めて、落ち着いて静かに過ごせるのはいい意味で、年寄りの過ごし方としては、宝のような時間の過ごし方であることを、わずか20日間であるとはいえ実践してみて感じている。一行一行書き進めてゆく喜びは行ってみて、体得の喜びのような感覚が古稀の体に沁みるのである。

何事も思い付いたら実践する。へたうまな文字であれ私の文字である。上手下手は古稀を過ぎるとそのようなことはどうでもいいのである。まして好きなシェイクスピア作品の素敵な言葉、台詞を筆写できることの喜びは例えようもない。充実した時が流れ、松岡和子先生のシェイクスピアの翻訳にかける情熱のほとばしり、作品への愛情の半端ではないこだわりが随所に感じられ、襟をただして私は謙虚に筆写するのである。松岡和子先生による翻訳は、今をいきる初老の私に新たな喜びをもたらしている。


2022-12-04

ワールドカップ、カタール大会日本代表選手に打たれました、そして思う。

 私の寝起きする昔娘たちが使っていた部屋は、広いので部屋全体を暖めるには暖房効率が悪い。だから、すぐに暖まるちいさなスペースにタブレットを移動し、すぐに足元が暖まる、ちいさな電気ストーブをつけ、書写をしたり、五十鈴川だよりを打ったり、新聞を読んだり、師走から始めた。つましく、だが贅沢に生活を希求する、のだ。

今、一番狭いお風呂場の脱衣場で打っている。妻が大工さんだったなき父が使っていた板を用意してくれテーブルがわりにしてくれた。時おり朝食もここで済ます。気分も変わるし、元々4畳半生活が世の中に出て長く続いたお陰で、狭いスペースで過ごすのはさほど苦にならない。

岡山に越してからは、人生で初めてといっていい広いスペースでの生活が30年も続いたので、からだが広い空間に馴染んでいるのだが、ものを考えたりするのには、私の場合狭い空間のほうが、性に合っている。

今朝の我が家のはな

きっと世の中に出て、経済的にあまりにも苦しい生活が長く続いたことが大きいと想うのだが、その当時のハングリーさを嫌でも思い出す狭い空間は、やはり私にとって大事である。それに現代という魑魅魍魎世界の奈落にいつ落ちるかもわからない、世の無常に思いを馳せるとき、普段から慢心しないように心かけての生活は、必要だと考える、のだ。

というわけで、頭が新鮮なうちに休日の朝、ハムレットの書写もこの空間で初めてやってのち、遅めの朝食を終え気分転換五十鈴川だよりに向かっている。

昨日とは打って変わっての曇り空、ブ厚い雲におおわれ気温も低い。だが、重い曇り空と寒さのなかの休日を、少しでも気分よく過ごすためには、何か考えて気分が上向くようなことをしないとまずいという気がして、五十鈴川だよりをうち終えたら、妻が仕事で不在なので、運動公園に散歩に行き、少し体を動かして、午後はしずかに部屋でしずかに過ごすつもりである。

世の中、ワールドカップの話題で持ちきりだが、かくゆう私だって五十鈴川だよりではまったく触れていないが、ジーンとさせられている。勝者と敗者の残酷なまでの明暗、歓喜の雄叫び、スタジアムが興奮のるつぼとかす。サポーターの熱狂、心とからだが一体合一、選手監督コーチのなりふり構わぬ熱い抱擁。やったものだけが感じる連帯、まさに絆の結晶。美しいという他はない、奇跡的な動き輝き。吉田麻也キャプテンが、言葉にならないと言葉で語ってくれたが、まさに神がかり、何かが降臨してきたとしか、思えないような場面を、リアルタイムで目撃できたたことへの感謝を、五十鈴川だよりにきちんと打っておきたい。

古稀の体をかくも熱くさせるサッカー。ボール一個を奪い合い、あの限定ネット空間へのゴールに世界中のサッカー、私のようなにわかファンまで含め熱狂するのはなぜなのだろうと、冷静に考えてみてもわからない。ただひとつ私が思うのは、いい意味で予想を裏切った素晴らしい結果はいかにしてうまれたのか。当の選手たちは自信をもって試合に望み、監督も寸歩も負けるとは思わないチームを造り上げてきた自信が、あのような穏やかさに現れている、気がする。

自分を信じきれないものは、他者に感動を与えられることはないという厳然たる真実。厳粛な事実を、古稀のわたしはこの度の日本代表の選手たちから教わっている。それにしても思う。若さとはなんとかけがえがないものであるかということを。人間が人間と見えない糸で結び付く一瞬の光のような、すべての全世界の苦悩を瞬間忘れさせてくれたかのような、場面展開に老人の私ははしびれたのである。老け込んではいられないのだ。

思いもしない五十鈴川だよりになってしまったが、これも又、狭い空間で打ったから、生まれてきたのかも。ともあれ今回の日本代表は、暫しすべてをいい意味で忘れさせルほどチャーミングである。



2022-12-03

好きなシェイクスピア作品を、書写して過ごす師走時間を大切に生きる。

 師走になって、とほぼ同時に寒さが冬らしくなって、一気に町中のイルミネーションがまし、人の心はうつろいゆく。かくゆう私もその一人である。2000年、我が家は家を立て替えたときに、薪ストーブにしたので冬の薪の調達は主に私の仕事である。家の近所に建設用の柱他に刻んだ端材が出る木工所があるので、そこからいただけるので本当にありがたい。先日もいただきに行き往復二回の端材を段ボール箱18杯につめ持ち帰った。

チェーホフの白鳥の歌、書写。

老夫婦二人して、これからの冬の夜長を数ヵ月過ごすのに、なにはなくとも薪ストーブの暖があれば、もう他に私の場合はなにも要らない。そのような年齢なのである。ヒトはそれぞれの年齢での過ごし方があるのだと、この年齢にして思い知る。そういう意味ではゆっくりとゆっくりと年齢を閉じる、今風の好きではない言葉を用いれば終活生活に入っているののだと、私は深く、どこかで自覚している。

終活生活を自覚しながら、でも老いゆくなかで、肉体労働をやりながら、音読しながら、たまに企画をしs、わずかな野菜を育てたりしながら、共に一番長い時間を過ごすパートナーとのこれからの時間を、一番大事にしたいのである。というわけでこのところ、薪ストーブ時間がことのほか嬉しいのだ。

外は寒くてもストーブのある部屋に入れば、そこはもうなんとも言えない暖かさがあるので、風の冷たい冬、時おり辛く感じる野外肉体労働も、薪ストーブの暖かさがあればわたしは耐えられるのである。(ウクライナ他、暖もとれない人々のことをかすかにわたしは想像するアウトドア冬仕事をしながら)

と、ここでいつものように話が変わるが、11月からシェイクスピアの音読を松岡和子先生の翻訳で本格的に始めたことは、すでに書いている。これに加えて、最近本格的に始めたことに、シェイクスピア作品の好きな台詞を書き写すことを始めたのである。

心機一転、先ず音読第一回に選んだハムレットから、10行以上の長い台詞の書写を始めたのである。ハムレットだけではなく、それ以外の登場人物の長い台詞も、すべてではないが書写している。

まだコロナ以前、遊声塾をやっていた頃、特にリア王の長い台詞を書写したことはあったのだが、本格的に古稀を契機にして、書写する時間を大切にしたいと考えるようになってきたのである。おお行なことではなく、五十鈴川だよりを打つような気持ちで、素直に松岡和子訳の言葉を、我が体に流し込むような感じで、書写したいのである。

好きなことを自由自在にやりたい、ただそれだけなのである。先のことなど考えず、ただ今を、好きな作品の言葉を書写する。そして時おり毛筆で書写できれば、とやりたいことが増えてきたのである。とりあえず、一番好きなというか、音読していて飽きない作品のひとつであるハムレットから始めたのだが、すでに三幕一場の名台詞の場面を書写し終えたところである。

口でぶつぶつ音読しながら書写するだけ、意味はない。腕が動かないと、当たり前だが文字は書けない。パソコンで、デジタルで打つのも最近は全く問題はないのだが、やはり文字を手で書くのとではまったく、風合い情趣といったものが違うのである。私のように現代からまるで置き去りにされてゆくかのような感覚を持っている、輩の楽しみとしては、またとないお金に頼らなくてもできる、またとない楽しみを、またもやシェイクスピアは私に与えてくれたのである。