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2012-11-03

竹トンボ・師匠の削りは・カッコイイ


否応なく耳や眼に入ってくる二ユースや新聞その他のメディアには、心がほんわかするようなことが、私にはほとんど感じられなくて、できるだけ静かに、心が渇いてカサカサにならないように、お肌の手入れではなく、実態が奈変にあるのかということはさておいて、心の手入れを自分としては出来るだけ怠らないように、しているこの頃の私です。

 

がしかし、昨日ちょっと、心が温まる出来事がありました。夢が原に珍しく広島大学付属中学校2年生、120人以上の生徒さんがやってきました。生徒さんたちは自主的にいろんな体験をしたのですが、私が担当する竹トンボに、11人(女子二人)が参加してくれ、そんなに人数が多くなく、密度の濃い夢が原ならではの交流の時間を久しぶりに持つことができました。

 

参加した生徒さんたちは、全員私のイメージを大きく覆すのに充分なほどに、真面目に取り組み、しっかりと人の話を受けとめる力のある、少年少女たちでした。押し並べて野生には欠けるものの、真摯にやったことのないことに挑戦する姿は、これからの未来に希望が持てるということを、私に感じさせました。

 

お昼は全員いろりを囲み昼食をしました。いろんなお話をしながら、参加した全員に記念にお箸を作ってあげました。その時に、竹トンボで何か俳句を作ってくださいと、冗談半分に言ったところ、その中の一人数学の好きな笙太(しょうた)君が、一句詠んでくれました。

 

竹トンボ・師匠の削りは・かっこいい。がその句です。この句は私が還暦を持って夢が原を退職するにあたり頂く、最高のプレゼントです。そして、今後これからなにを自分の人生でやってゆけばいいのかを、暗示してくれるヒントを私に与えてくれました。

 

再出発、私の新しい人生に、元気に何事かを成せる時間がどれだけあるのかはわかりませんが、何かこのような、心と心がほんのわずかでもいいから、通いあえるような仕事ができたらと(生きてさえ行けたら)考えてしまう、私なのです。竹の無い国にいって、子供たちに日本の竹で竹トンボや、お箸を作ってあげたいですね。どんなにささやかで、小さなことでも、笑いあえるということが、生きている喜びの一つなのではと、私は考えます。

 

息子がいない私です、笙太くんの、少年らしい笑顔がまぶたに焼き付いています。晩秋のひととき、まるで夢のようなとびきりの贅沢な時間を、少年少女たちとの出会いのひとときに見つけました。代表して、笙太君にこの場を借りて感謝を伝えます。サンキュウ。

 

最後に私からも一句。 竹トンボ・無心に削り・空を舞う。
日本の竹は素晴らしい

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