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2012-11-09

邦楽番外地、足をお運びいただきますように、願います

晩秋に咲く一輪の妻が育てている黄色いバラ

邦楽番外地まであと2週間ちょっとになりましたが、なかなかに反応が少ないのが、正直苦しいのですが、そんな時こそ深い呼吸をし、青空を見つめ、天にまたたく星空を眺め、生きているから企画できる、今の自分を慰めています。

 

のっけから、このようなことを書くと秋風が沁みる感じがいたしますが、これもまた、時の流れ時代の趨勢なのか、あがらうのか、流されるのか、そこが思案のしどころだと、60歳のハムレットのような心境です。

 

でもまだ小生はあきらめないのです。一人でも多くの方に邦楽番外地の世界を堪能してもらいたく、また土取利行という、稀代の異能の音楽家の存在を聴いて、知ってほしく、微力を尽くします。企画者は、考えることと動くことが、全てです。

 

自分が企画したものには、年齢を忘れ、エネルギーが注げるのが、我ながら不思議です。このはらはらドキドキ感も、生きていればこそなのですから、今まで企画したいろんな思い出とともに、後年邦楽番外地は、どのような記憶として思い出すになるのでしょうか。

 

ギリギリのところを、踏ん張れるか踏ん張れないのか、そこがプロとアマの差なのではないかと思う私としては、このような時代に、このようなある意味で時代とずれた企画を打たずにはいられない、企画させてしまう、眼に見えない力に後押しされながら、残り2週間にかけたく思います。

 

明治という時代をたくましく生きて、庶民の側に立ち、大多数の人たちになりかわり、その心情を歌にし、発禁もなんのその、路上で人々に唄を伝え、歌に殉じた添田唖蝉坊。また息子としてその世界をきちんと記録し唄い伝えた、知道。親子二代の世界を、あの当時女性でありながら、知道氏から直にならって、伝えようとした桃山晴衣という存在。

 

パートナーの桃山さんがお亡くなりになり、その意思を受け継ぎ、パーカッショ二ストの土取さんがまるで憑依したかのように、唄いはじめました。その世界は企画者の私の無知を知らしめ、刺激するのに充分でした。知らない世界こそ企画したいというのが、企画者としての私の原点なのですから、永遠の原点ということで、私の内的な何かを、琴線を打つのです。

 

このブログを読まれた方は、何度も書いていますが、是非ユーチューブで土取さんの唄の世界を聴いてから、足を運んでいただきたいと、願うのみです。

 

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