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2019-01-27

五十鈴川だより8年目、寒い朝に思う。

週に一度くらいしか書けない時も、何とはなしに、のらりくらりと書き続けて、五十鈴川だよりももう8年目になる。

三日坊主と人に揶揄される私が書き続けていることが、自分でもにわかには信じられない、継続は力なり、とはよく言ったものであるとやはり思う。

私自身が、一番やはり驚いている。何しろ、本を読むのも、文章を書いたりすることも、苦手であった私が、今や本は手放せないし、週に何回か五十鈴川だよりを書かないと落ち着かないくらいに、書くという行為が自然の流れになってきつつある。

特に昨年から、今年にかけては随分五十鈴川だよりを書いている。書くことで、昨日の自分と今日の自分との、それこそ超ミクロの意識の移り変わりを綴ることで、自分自身の危うい移り変わりを、確認しているのである。(ように思える)

自己満足、自己確認、いわばどこか厚顔無恥につづる瘋癲初老人の精神の自慰行為である。そして老いつつ、老いに揺れるいい歳の私がいる。




月に一度墨をすって文字を書く、丸6年が経った。愉しい。

老いるとは、初めて経験する未知の領域の自分との出会いであるとしかいいいうがない。誰かが言っていた、子供の悩みも、老人の悩みも、本質的に人間の悩みは同じである。


そうなのである。ヒトは老いも若きも悩みつつ前進もし、後退もする壊れやすい器なのである。その器をいかに運ぶかという、運べるのかが、私の場合肝要なことなのである。真理はもろくも揺れ動く、だから、五十鈴川だよりを綴るのである。

いわく言い難いが、私の場合苦しむことと悩むことはかなり異なる。悩みはするが苦しむことはご免である。老いつつも感性の欠落を少しでも補うためには、どう生きればいいのかという事こそが、肝要。

言わぬが花的な日本スタイル、それを言っちゃあおしまいよ。野暮、であるとは思うのだが、何しろ私が大好きなシェイクスピア先生は饒舌である。語るに落ちるともいう、だが、私は語って語って人生を終えたいという側に、徐々にシフトしてゆきたい。

デジタル機器にはとんちんかんな私だが、レイさんが五十鈴川だよりを設定してくれたおかげで、気ままに雑念タイムが過ごせるのは、矛盾しつつもうれしい。やがていつの日にかつづれなくなる。書けるいまを書くのである。


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