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2019-03-13

望晃くんの一歳のお誕生日の朝に想う。

二日も五十鈴川だよりを書かないと、随分書いていない気がするほど、このと頃の私は五十鈴川だよりを書いている。

毎日が日曜日で、書きたいという情熱があれば 、きっと毎日書けるのでは中というくらいであるが、幸い今はまだほかにやりたいこと、やらねばならぬことがあって、そうは五十鈴川だよりを落ち着いて書けないので、もし万が一開いてくださって、何も書いていないと落胆される方がいたら、平にご容赦願いたい。

さて、今日は爺バカの日。つまり望晃(のあ)くんの誕生日である。ささやかに先日筆で一文を書いて、妻と共にお祝い品を送った。

いつぞやも書いたが、長女が結婚して 5年でわが家族に初めての孫ができ、何かが私の中でやんわりと変化し続けている。

難しいことは置いといて、戦後生まれ、良きにつけ悪しきにつけ、日本的な共同体家族というものが、崩壊してゆかざるを得ないほどの、多分歴史的な大転換の中を何とか生きている渦中、という認識が私にはとても強い。だが本質的に普遍的な事はそうは変わらない。

大昔から人は子供を産み育てる。演劇などという極めて生活が不安定な世界で、青春時代のほとんどを費やし、30代も半ば近く一人の女性と巡り合い、奇蹟的に37歳で父親になった時(させてもらった)、いわば劇的に私の人生は変わった。

オーバーではなく、赤ちゃんの後光で私はあらゆる蒙が晴れたのである。それからは二人の娘が社会的に巣立つまで、ただただ単純に働き育てた。それがまた楽しかった。

仕事に恵まれたこともあるが、以後還暦を過ぎて下の娘も巣立ち、一応親の役目は終わった。老いることも含め、ヒトは経験しないことには、あらゆることが自分のこととして、実感して分からないものである。

筆文字でのお祝い

私などその最たる生き物ではないかというどこか忸怩たる思いがぬぐえない。他者の経験しえないような痛みや、幸不幸をニュースで知るにしても、体験していないことに関しては、沈黙をするほかになすすべがない。

世界で初めて不条理な芝居を書いた、アイルランドのサミュエル・ベケットという劇作家の言葉だったと思うが、世界の涙の量は一定だ、誰かが泣けば誰かが泣きやむと。

いつ何時、経験したこともないような世界に人間は投げだされるかわからない、人間はそのような歴史を歩んできて、おそらく初めてといっていいほどの、平和な時代を、たまたま我々の世代は享受することができているのであることを知ったのは、 私が40過ぎてからである。

これから先、どのような時代がやってくるのか、皆目予想だにできないが、望晃くんの成長を遠くから静かに眺めながら、おじじとしての役割を、ほんの少しでも果たしながら老いてゆきたいと思う殊勝な今朝のわたしである。

1 件のコメント:

  1. おはようございます。お孫さんへの視線頷けることばかりです。中学生を頭に4人の孫達には、要らぬ心配をしたり、時にはこころ躍らされたり、、(私事ですが)しています。誰かが泣けば誰かが泣きやむ、、胸打たれる言葉です。

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