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2018-07-08

濁流を眺めながら今あることに感謝し、思う。

災害が少ないといわれる岡山であるが、映像で見ると真備町はじめ県内各地が河川の氾濫や、土砂崩れで大変なことになっている。中部地方や四国、九州も含めまさに災害列島と化した感がある。

あらためて思う、自然の猛威の前の無力感、人間がこしらえた社会の、文明生活の脆弱さがあぶりだされるように露呈する。家が水に浸かったり、流されたりしたことのない私には、その痛みは想像を絶する。

今朝、久しぶりに雨が落ちていない。昨日はリア王発表会を急きょ中止、その対策と延期の日にちを決めたり、それでもやってくる方がおられるのではとの、対応などに終われ、雨の中、岡山往復を車で2回したのだが、これほどまでの川の増水(旭川、百間川、砂川、多くの用水路の)を初めてみた。ところどころ冠水した道を細心の注意をしながら車を運転した。

何故かはわからないが、昨日は終日憂鬱な一日ではあったが、詳細は省くが、個人的にはうれしいこともあった。
柳瀬ご夫妻・尾崎ご夫妻昨日はありがとう。

話を変えるが、60歳の誕生日を初めて東北の遠野で迎え、わずかに二日であるが大槌町で生まれて初めて瓦礫の撤去作業に従事したこと。そこで考えたことが、翌年の 夢が原退職につながり、結果的に、シェイクスピア遊声塾を立ち上げることになったことは間違いない。

悔いなく生きる。そのためにはどうしたらいいのか。あれから五年の歳月が流れたが、かろうじて、五十鈴川だよりを書き続けてきたおかげで、時代の趨勢に流されながらも、心身のバランスを保ち得ている。

週に何回か、自問自答感覚でつづる中で、我が身を検証(あるいは錯覚ではあれ)している五十鈴川だよりである。

法を超えた思考をこの自然災害は迫る。40歳で、かろうじて一からの人生再出発が私の場合かなったが、ご年配で災害の被害に遭われた方には、言葉がない。

かくも一寸先は想像だにできない苛酷な試練が、いつ何時私の家族にも訪れるのかもわからない。そうなった時に、自分はどういう行動に出るのかは、経験しないことにはわからない。

大槌町で思ったことは、今ある動く身体にしがみついて、大地の上で体を動かしながら、つましく生きてゆこうと考えたことである。

物やお金には、(努めてこだわらず)すでにあるもので、できるだけ心身が風通しよく、生きてゆけるようなシンプルな暮らしを心がける。

何か大変な災害が近づいてきたら、とにかく逃げる。手放す。命が在ったらそこで考える。何度も災害を生き抜いてきた、あまたの先人たちの知恵、英知の声に耳を傾ける。

何も持っていないと、身も心も軽いという、厳然たる真実。頼るものがないので、我が身に頼る。薬や病院に頼らない(たよれない)、わが内なる本能的声に頼る。

共に撤去作業に従事し、岡山からやってきた私を、東北の被災地を車で案内してくれた秋田の人K氏とは、以来交流が続いている。

あの日に思ったこと、人間の生活で最も大切なものとは。命、動くからだと心である。あれから5年、何とかすれすれ実践している。そういう考えを共鳴できるような方と、今後の人生を歩みたいと、私はあらためて切に考えている。

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