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2022-06-18

動体平衡を保つべく菜園場での一人時間を過ごす梅雨の休日。

 いつも通りに目覚めたので、休日ではあるが朝湯を浴びて、夜明け前の静かな時間帯、五十鈴川だよりを打てる日も、打たない日も、もう私にはほとんど大差ない、いまをいきている、生きていられるありがたさを、どこか実感している。その事が例えようもなく、たぶんささやかな、しあわせではないかとの思いなのである。

植え付けを待つ枝豆

不幸な事態、ということがいつなんどき我が人生に起きても不思議ではないのだが、とりあえず昨年の手術を、辛うじて乗り越えて以来、とくに手術以前と変わらないくらい動け、肉体労働仕事が苦にならないくらいほどの生活力をキープしてからというもの、以前にも増して、ささやかに生きていられる今に、手を合わせずにはいられない。

何気ないことが染みてくる感覚は、手術したからこそ生まれてきたのである。丸23日間の手術入院のことは、けっして忘れることはない。まるで赤ちゃんが歩き出したばかりのような感じで、管をぶらされながら、病院の廊下を歩きながらリハビリの第一歩を始めたのを、私は折々思い出す。

退院して一週間後、肉体労働仕事に復帰した日のことも思い出す。まさにコロナ渦中の私の人生での大きな出来事を、古希目前に体験できたことの、(オーバーではなく生還し、いまを元気に生きられていることに)ありがたさを、元気になったいまだからこそ想うのである。

臆面もなく打つが、生はいつも死と隣り合わせ、人生いつなんどき不測の事態が起こっても予測不能なのであるから、日々見えないなにかに感謝するような態度で、生活したいと術後一段と考えるようになってきた私である。

おそらく手術入院がなかったら、企画者に復帰することはなかったであろうとおもうし、チャリティー演奏会を実現できるとは思いもしなかった。まさに人生は塞翁が馬であるとしか言いようがないほどに、禍福はあざなえる縄のようにおしよせて来るのである。

だからオーバーではなく、一日一日を可能な範囲で丁寧に過ごしたいのだ。もう何度も打ち、これからも何度も自分の老いゆく体に杭を打つかのように、五十鈴川だよりを打ちながら確認したいのである。

ということで話を変える、物価が高騰している。先日、わずかだが娘たちに玉ねぎを送ることができた。今日は午前中枝豆を植える準備のために菜園場で過ごす予定である。天ノ下で体を動かし、土に触れながら草むしりなどして過ごせる時間が至福である。なにも考えない、幼少きに帰ったかのように菜園場で時間を過ごす。

一人時間、我ここにありってな感じで過ごせる場があることのありがたさ。誤解を招いても構わwないが、私にとっては老いの遊び場なのである。富良野と中世夢が原での経験、体得したことがすべて無駄なくいかせる、またとない老いゆく遊び場としての機能をすべてといっていいほど、このバイト先は備えている場所なのである。

この場所で、大空のもと体を動かしているからこそ、コロナ渦中グローバル面妖閉塞感(ウクライナの長引く戦争で、目に見えないところでひたひたと押し寄せてくる嫌な感じ)から、辛うじて自由でいられるのだとの認識なのだ。

襤褸を着てても心の錦ではないが、なにはなくとも身一つ健康であれば、世界のすべては我が体にこそ宿っているのである。私のような単細胞はまことしやかな一面的に切り取られた情報操作編集報道に操られやすい。危険である。だから動体平衡を保つために、でくの坊になりたく、土と戯れるのである。

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