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2020-01-02

水の惑星の行く末を凡夫なりに五十鈴川だよりを綴りながら考えたい。

2020年が始まりました。五十鈴川だよりを読んでくださっておられる方々、謹んで明けましておめでとうございます。今年最初の五十鈴川だよりを綴れるそのことを、まずは何よりありがたいとおもう小生である。

今年もささやかな小さな喜びを見つけながら、身の回りのことがきちんとできるように、まずは可能な範囲での(今更できないことはもうすでに十分できないのですから)生活上の自立を目指すことにする。

簡単な調理や、掃除他の妻との共存がうまく進むように、お互いが老いつつもできるだけ相手に迷惑をかけないようにしたいと、まずは年頭に当たって書いておきたく思う私である、実践できるかである。

さて、大晦日には次女の旦那さんもやってきて思わぬよい年越しができました。今日で次女は帰京するので、お正月気分も薄れてまた静かな我が家にもどることになる。

ところで、元旦昨夜のNHKスペシャル、今年初めてテレビを見たのですが、近年の地球温暖化に起因すると思われる風雨災害のあまりの多発、プラスチックほかのごみ問題、AIによるドローンの空爆兵器の最新映像、テクノロジーの発達がもたらす、表裏のこわさに、凡夫の私はお正月の気分があっという間に吹き飛んでしまった。あと10年で地球環境が臨界状態に達するといわれている現実のデータを知らされると、コトバをなくす。

お正月早々なので、もうこの話題は控えるが、初老男は今年も我が身に絶対矛盾を抱えつつ、まずはささやかに自分に何ができるのかを問いつつ 、この水の惑星のおかげで生きられていることの根源を忘れずに行動し、老いの我が身がこれからの未来人のお荷物にならないように、自分を律してゆかねばと、殊勝なおもいにとらわれる。
もう14年前に手にし、今もそっと手にする

日本はあまりに緑が豊かで、ふんだんに水がある(飲める水をトイレで流す)ので感覚が麻痺しがちであるが、若いころ私がこの目で見たアフリカや、インド他のあまりの過酷な、残酷といっていいほどの、大地との風土も含めた違い、そしてあまりの経済格差にに慄然としたものであるが、その後何十年も日本で暮らしていると、悲しいかなヒトは(私は)忘却するのである。

あの五十鈴川を含め、宮崎県には素晴らしい川が今も多く流れている。宝石のような桃源郷の 川の小さな邦(村)といってもいい。その恩恵に浴し、そのことを決して忘れず自然の恵みに感謝しながら豊かに生き、わがご先祖の地に今も静か生活し暮らしておられる日高具夫妻との昨年の出会いは、私の心に故郷の良心を教えてくださった。

脈絡のない、今年最初の五十鈴川だよりとなったが、余裕のある国の一人として生を受け、特に水や緑に恵まれた山紫水明の国に暮らし、山海の幸に恵まれた国に生を受けたものとして、水に置恵まれない世界に暮らさざるを得ない多くの貧しき民と連携する術を思考する勇気を持ちたい。

NHKスペシャルで一人の発言者が、政治の公約に環境問題を掲げる政治家が日本でも出てきてほしいと語っていた。世界では意識の高い未来をわがことの問題として想像できる若い起業家がずいぶん出てきていることを知らされた。優れたIT起業家たちの出現は希望だ。初老男はこういう若い方たちを心の片隅で応援連携したいと願うのである。

老いゆく我が身のささやかな希望は、若い方たちの希望に寄り添う勇気を持つことである。

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