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2018-08-11

リア王の発表会まであと一週間、そして想う。

今夜は弓道教室の日であるのだが、自主的にお休みをした。その代わりといっては何だが、午前中たまたま私一人だったが自主稽古をしてきた。

このところほとんど弓道のことを書いていないが、私なりにささやかに素引きの自主稽古だけは、ひっそりと続けている。

シェイクスピア作品を声に出して読むことが、陽の営為だとすれば、無言で自分と向かい合う弓の稽古時間は陰の営為とでも呼びたいほどに、今の私の生活の中での、両輪とでも呼びたいほどに情熱が傾けられる大切な時間である。

今夜お休みしたのは、リア王の発表会が来週に迫っているので、リア王に集中したいとの思いが優先している、 ただそれだけのことである。

ぶきっちょな性格のわたしとしては、同時にあれもこれもはダメなのである。還暦前であったなら出掛けていたかもしれないが、早い話、いい意味で自分に正直に無理をしなくなったのである。


ところで、世の中はお盆である。私の中にもお盆休みが必要であるとの、内的な声はあるのだが、リア王の発表会を終えるまでは、私にはお盆における、ご先祖との対話は今しばらくお預けである。


可能なら帰省の旅で、行ってみたい高津川
今日は、朝と夕方2回リアの3幕までのセリフを運動公園で繰り返しなぞって、一人稽古した。有難いことに、汗の出る体をどこかに感謝しながら、かぼそい66歳の体にリアの言葉を響かせる。

蝉の音に呼応するかのように、自分が蝉化するかのように、夏の声を、狂うほかには道はないかのような、追いつめられたリアの台詞を声に出す。

あの心が通い合わぬ切なさ、こころがすれ違うやりきれなさ、老いの無残さは、きっとやがて我が身にも訪れるに違いない、それを迎える胆力を養うにはいかに生きればいいのか。

だからなのかもしれない、リアの言葉を繰り返し、畳み込むかのように反復練習して倦まないのは、今声が出せる幸福があるからだ。18日が終われば、ささやかに、旅をしながら故郷を目指そう。五十鈴川に身を横たえ、ゆっくりと休もう。


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