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2016-12-14

美々地小学校の同窓生、T氏からお誘いの電話、そして思う。

一見何事もないかのように、穏やかな日々が過ぎてゆくかのような私の日々も、当たり前のことだが同じ日々は、まったくないのであるということを、私も含めて大方の人間は、なかなかその厳粛足る事実を、意識的に認識することはなかなかに困難なことである。

夜明け前、よく寝て起きたばかり、私自身の脳はまったくのニュートラル、まだ暗き師走の朝のいっときを、いつもより早いのでブログを書くことにした。

美々地小学校の同窓会に参加したことを、11月16日の五十鈴川だよりに私が書いた。その時に再会して、今は水島で働くT氏から、昨夜電話をいただいた。

 あの日の同窓会メンバーの数人が倉敷にやってくるので、また会おうよ、という暖かいお誘いのTEL.。その前に、倉敷にゆくというY子さんから、(関東から来られる)可能なら会いたいというメールが入っていた。

日にちは明日、木曜日、場所は倉敷駅前 、本来なら明日はカルチャーのレッスンなので無理だったのだが、生徒さんの都合で日にちを変更していたのが幸いし、同窓会からひと月もたたないのに、超ミニの同窓会に再び参加することになった。

まったくいい意味での予期しないことが 、人生には多々起こる。来年65歳の誕生日を迎える私、現在64歳、今年の52年ぶりの同窓会参加は、33年ぶりの舞台参加と共に、出色の出来事。今後を生きる私にとって何やら愉快なひと時が過ごせそうな予感、倉敷まで出かけることにした。

それにしても、52年ぶりに参加した同窓会からまだひと月しかたたないこの師走に、美々地小学校の何名かが倉敷に集まるという絆の強さ、深さに脱帽する。まるで家族である。

根のない、やわな上っ面の言葉が飛び交い、不毛な人間関係に私も含め飽き飽きしている時代の中で、小中学校時代に育んだ濃密なつながりを、いまだ堅密に保つ美々地小学校の同窓会のメンバーと師走のひと時を、私もともに過ごしたいのだ。

ともあれ、わたくしごときにも、師走は何かとお誘いがあり、静かに過ごしたいという私の願いは消えてゆきそうな気配。それもこれも、篠田桃紅先生(達人、素晴らしい)の言葉だが、【人生は一本の線】と考えれば、自分という考える葦を生きるほかはない。

17日には京都の山科で、数十年の交友(交遊)の友と落ち合うことになっている。お互いいい年齢、落ち着いた一期一会の、二人時間を過ごすには山科は、私の琴線の旅情を刺激する。

今後ますます私は、縁、運命時間を大切に生きたいという思いにとらわれている。お誘いがあるなんて、何と在り難いことだろう。人陽炎のように、ままならない運命時間を、心からともにできる友が在るということの、幸福を師走の朝噛みしめている。

書き終える今、今日をどのように過ごすかの予定が決まった。洗濯は終わっている、朝日が昇ってくるまで、シェイクスピア、ジョン王を35年ぶりに読むことにする。

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