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2016-12-27

雨の中、竹韻庵での忘年会を堪能しました。

オーナーS氏の心のこもった品々の用意の元で、竹韻庵での忘年会ができました。

そぼ降る雨の中、岡山駅に10時に到着、S氏が車で迎えてくださりS氏宅へ。そこから歩いて15分の山歩きで竹韻庵にたどり着く。

S氏宅の裏山に竹韻庵、小さき山荘はたたずんである。都市住宅からわずかな山歩きで森の中の山荘があるなどとは、現代社会においてはまさに奇蹟的といわねばならない。

東京に長いこと住んだことがある 私には、そのことがいかに恵まれた環境であるかが身にしみてわかる。多くの都会人は、何時間もかけて別荘や山荘に出かけてゆくのだが、歩いて15分で世界が変わる環境、森の中に移動できるなんてことは、まさに稀なことである。

ましてや、どんなに豪華な山荘ほかをお持ちでも、出かけてゆくには健康な体がないと、それはやがては宝の持ち腐れ的なことにも、老いてゆくにしたがってなりやすい。

その点、S氏の山荘は電気もガスもなにもなし、その日を過ごせる食材や水を持ち込み半日を過ごす分には、華美ではなくまさに、私の生来の心情にジャストフィット、わびさびの世界へといざなわれるのである。

山荘なんてものは、茶室くらいの空間があればまさに事足りるのである。そのことが竹韻庵にいるとよく実感できる。小さな庵からの広葉落葉樹ほかの、物言わぬ自然界の植物群を眺め、愛でるいっときが、晩年時間のまさに醍醐味なのである。

まだまだ若輩の身で、このようなことを書くとおこがましいが、ようようにして【足るを知る】とはの感覚が、いまだ俗人の域に右往左往しながらも、いくばくか染み入ってきつつある。

昨年夏、S氏の依頼で竹韻庵にかかわるようになって一年半 が過ぎたが、この森ですごす時間は今後ますます老いてゆくにしたがって、物思いにふけるには最高のポトス(オーバーに言えば哲学的思考をする場所)となるに違いない。

小さな山荘だが、薪ストーブがあるので濡れて冷えた体もすぐ暖まり、ゆっくりとS氏の山用品ですぐお湯を沸かし、牛しゃぶしゃぶでの昼食忘年会開始、野菜他デザートまで全部S氏が、万端用意してくださり、私はただただ馳走にあやかった。

S氏はお酒を飲まれないのだが、私用にちゃんとビール、日本酒、焼酎まで。私は缶ビールと、日本酒を一合いただいたのだが、すっかりいい気分に酔いしれることとなり、次から次に古の記憶が蘇る幸福な忘年会となった。

楽しいひと時は瞬く間にすぎ、3時にはお開き。かなりの雨の中来た道を降りた。氏は私を西大寺まで車で送ってくださった。いやあ、いい忘年会でした。

雨の中、私のために心のこもった、手作り忘年会を開いてくれた氏の心遣いにこの場を借りて、五十鈴川だよりに、深く感謝を記しておきたい。

1 件のコメント:

  1. 日高さん、昨日は雨の中、有難うございました。
    私がまだ40歳に満たない、約25年前にこの山中の空間を「竹韻庵」と名付けました。それは、孟宗竹が風にゆられ互いに当たり、時に音を発することから名付けました。
    多忙な仕事に追われながらも、リタイヤ後はこの地を再び小学校の頃に垣間見た
    『桃源郷』にしたい夢を、持ち続けていました。
    敢えて電気・ガス・水道何もない一見不便な空間«empty space»こそ、すべての可能性が存在している、豊かな空間であることを、日高さんとコンサートホールではない、夢が原の森の空間で、10年間実施したワールド ミュージック コンサートで実感させて頂きました。第1回目のアフリカのミュージシャン ザウセ氏が体全体から音を発した時、熱く胸に込み上げるものがあったことを、今も記憶しています。
    あれから20数年の月日が経ち、互いに仕事をリタイヤして、自由になる時間を持て
    健康な体でいられることは、たいへん有難いことです。
    すべては繋がり、今があるのですね。
    日高さんは、『竹韻庵』と名付けられたこの地の孟宗竹の根っ子を、何百本も掘り出してくれました。
    今年になって小さなミカンの木が50個も実を付けたり、キンカンの木が息を吹き返し見事に沢山の実を付けました。人の目にも見えない自然の力に、ツルハシを振り上げる日高さんの体は、青年のようにしなやかに美しく舞って見えます。
    行く年を静かにふり返り、来る年に夢と希望を託して・・・

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