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2015-03-26

携帯電話がゆくへしれずになりました。

パソコンライフやケータイ電話からはできるだけ遠いところで、つまり最低限の使用頻度で生活できたらいいという、ライフスタイルを私は望んでいます。

年齢的にやれることの時間は限られていますから。そのこれからの時間を可能ならなるべく有効に使うためには、私の場合、あまりケータイやパソコンには頼らずとも何とはなしに、楽しい晩年ライフが遅れそうに感じているからなのです。

いいタイミングで、携帯が消えてくれたのではないかと、一日右往左往しながら、私は考えました。還暦後交友関係も含め新たにすべてを可能ならリセットしたいと思っていた私です。

すべての電話番号が一瞬に消えましたから、ある種なんといいますか、 しばし時間途方に暮れたのですが時間が経過するにしたがって、解放感のような感覚が体の中に湧いてきたのです。

本当に大切な方々の、電話番号やメールはこれからゆっくり(既に手書きの住所リストがありますから)再生することができますし、私が電話がなくても妻も娘も持ってますから、私がなくても、特段差し迫って本当には困らないからです。

火急の要件は家の電話がありますし、急ぐことのない用件ならもういい年なのですから、私はこれからは万年筆で、娘にも便りを書きたいと思っているのです。

生前母が私に書いてくれた葉書を、私は今も時折読むことがあるのですが 、今となっては宝なのです。

塾生とのレッスンのやり取りやほかで、4月四日まではちょっと困ることもありますが、そこをしのげば、しばらくノーケータイライフをと思案橋。

人生にやっと訪れた気ままライフを、ケータイなき頃の自分自身に可能な限り、還りたいのです。

だからといってケータイを持たないわけではないのです。旅に出たら家族とのやり取りに困りますから。しばらく持たないだけで、新しいケータイ(発表会が終わったらゆっくりと)を見つけます。(体から離れないようにするつもりです)

したがって電話番号が変わりますから御容赦ください。

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