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2015-03-11

空前絶後の3・11東北大震災の朝に思う。

3月11日から、あっという間に4年の歳月が流れたのだという事実の重みの前には、個人的にまったく言葉がない。

歴史上空前の出来事、原子力発電事故に関しても、風化の懸念はいかんともしがたい 。ささやかに、胸の内のなかでやれることを、というくらいの言葉しかない。(私の理解の及ばない出来事)

今年は何とか時間を見つけて、わずかだが瓦礫の撤去をした、遠野の大槌町を訪れてみたいという気持ちがある。実現したい。

元気で生きている間は、ささやか生まれた関係性を持続したい、今のところわたしにできることは そのくらいしかないが、それ以上に3・11が私に与えた衝撃はやはり大きい。

おそらく3・11の出来事がなかったら農の仕事を始めようとは思わなかったかもしれない。今目の前にいる大切な家族をはじめとする存在に対して、はなはだ意識的に思いやれるような生活を心かけたいという気持ちが、強くなったことは事実である。

一日一日を、以前にもまして大切に生きるようになってきたような気がしている。人間は忘れながらも、忘れられない記憶を抱えながら生きてゆくしかない。

途方もなき心の痛みを体験したことのない我が身には、 ただただ瞑目するしかない。

さて、最近というか、夢が原退職後妻の母と過ごす時間が増えた、時間が増えたということは、話をすることも多くなったということである。

母はとにかくよく体を動かす、私はその姿を身近に感じる幸せをつとに感じる。お裁縫、片付け、炊事選択、編み物、土いじり。それによって成したものを、惜しげもなく人に振舞う。その生活ぶりを間近で接するにつれ、いたく感動する。

自分のことはさておき、まずは人に喜んでもらうことを第一義に考えている点、はなはだもって誰にでもできることではない。

そんな妻の母と過ごすひと時は、最近の私のひそやかな楽しみである。現在82歳、5月で83歳になる、私より20歳年長である。

敗戦の時13歳だから、最も多感な時期である。苦労人という言葉が一番彼女には似合う気がする。5人兄弟の長女、学歴は中卒。下、4人の面倒を限りなく見ている。

お嫁に行ってからの苦労、とつとつと語る彼女の半生を聞いていると 、えらいものだと素直に思う。毎回のように今が一番幸せだと事あるごとに口にする。

苦労をしたからこそいまがあると。おひとりさまの、今の暮らしを心底楽しんでいる。(私もかくありたい、自在力)

再三ともに暮らそうといっても、まだまだ一人が気楽でいいと、耳を貸さない。昨日も我が家に来ていたのだが、夕方風が強く寒いので泊まっていったらといっても、だめ。

これくらいの風は何でもないといって、自転車で帰っていった。カッコイイのである。お茶目である。よく食べる。今一番の理想の晩年ライフを生きている、私の目指す先達、お手本である。

私は考える。人はどうすればこのような境地にいたれるのか、と。母は自分でも言っているが、本を買う余裕も、読む時間なかったから、世界のことをあまりにも知らないと。

人は万巻の書物 を読んだからといっても、人格が豊かにはならない。実践力、行動力、言動力、愛する力、ともかくいろんな要素が絶妙に絡み合わないと、どうも人は豊かには慣れないのだと、最近私は感じる。

シンプルに、静かに、とにかく体を動かしながら考える。大切な人たちと向かい合う時間を大切に生きてゆきたいものだと 、母を見ていて思う。愛のない暮らしは実に空虚(むな)しい。

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