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2012-09-25

改めて知らされた、放射能の空恐ろしさ


昨夜、NHKEテレビ、1986年に起きたチェルノブイリ事故後、ウクライナやベラルーシで起き続け、甲状腺がんが子供だけではなく大人にも増え続けているという、ほとんど報じられることの少ない、ドキュメントがオンエアーされているのを、藤原新也さんのWMで知り、途中から見た。

 

朝が早い私は、九時過ぎには横になるので、ほとんどテレビは見ないということは度々書いているが、放射能汚染の恐ろしさというものの、実態が、あれから26年後の今、こんな形で知らされると、低レベルだから安全などということの線引きが、まったく虚しいということを改めて知らされた。

 

信頼する方からの、情報がなかったら、見逃したかもしれないということを考えると、信頼に値すると感じられる、友人知人、または表現者を、生活圏に持っていないと、まったくの不感症人間になってしまうのではないかという、怖れがかろうじてまだ私の中にはある。やがては老いて、感覚のアンテナが錆びるのは、いたしかたないとはいえ、一年でも長く現役で企画をするということを、これからはいよいよ個人的に始めようとしている私には、絶対に見逃してはいけない番組だった。

 

このようなオンエアーされることが少ない番組を、作ってくださっているテレビマンもいるのだということは、救いである。ある種の使命感を持って、きちんと自分の仕事に誇りを持って、取り組んでおられる方々がまだまだいらっしゃるということは、大きな救いである。

 

命の尊さや、絆や、なんとも言葉が、こんなにも軽く実態なく飛び交う時代は、60年の人生で、いまだ私は経験したことがない。正直空恐ろしい時代が、ひたひたと、知らず知らずのうちに、(見ようともせず、考えようともせず、言うこともせず)押し寄せてきている気がしてならない。根の無い、実態のない言葉や、テレビ番組が、ほぼ一日中垂れ流しの国、日本。

 

私は、無知蒙昧の、複雑怪奇な経済の仕組みのことなど、ほとんど何も知らない、朴念人を自認する平凡な人間であるが、人間が人間に対して、こんなにも残酷極まりないことが平気できる人たちが存在するということについては、語る言葉がない。ある意味で無限地獄的な、空恐ろしくもおぞましい武器の数々、核爆弾、核エネルギーを創りだし、それを売買し消費することによって、生きる、国際企業経済産業人たちがいる。

 

ほとんど新聞やテレビでは伝えられないが、真実は知りたくもないほどに、複雑怪奇ということを、うすうすと多かれ少なかれ、大多数の人々は感じつつ、途方に暮れているのかもしれない。かくいう私もその中の一人のような気がする。

 

スーパー通信、ハイテクノロジー時代は人間を幸福にするのかしないのか、私はかなり悲観的にならざるを得ない。罪のない子供や、ごく普通の市民が、大きな力の巻き添えで血を流し巻き添えになってゆく映像を、繰り返し見せられると、人間という生き物は不感症になってゆく。

 

そういう映像に対して、無感覚になってゆくという人間性の恐ろしさについては、平和なときにしか考えられないのだから(非常事態では、人間は非常にならざるを得ない、生きものだ)思考できるときに、しっかり思考する訓練をしておかないと、大変なことになるし、もうそのような時代が、バブルがはじけたころから、始まっているという気が、私個人はしている。

 

 

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