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2023-09-02

帰省旅徒然、忘れない打ちに、記録として打つ五十鈴川だより。

先週末から今週火曜日まで、恒例のふるさと帰省旅をして、即翌日から昨日まで肉体労働アルバイトに励んでいたので、五十鈴川だよりを打つことが叶わなかったが、今日明日はお休みなので、ゆったりと打てる、その事がたまらなく嬉しい。 毎度毎度似たようなことを、というか日々の生活、私にとっての手の届く範囲の日常的な細々をこそ打ちたい五十鈴川だよりなので、何はともあれ、今打ちたい徒然を、打てる範囲の常識的なのりを越えない五十鈴川だよりでありたいと、わがままに想う私である。 さて、今回は行きは途中まで在来線で、途中から新幹線と特急を利用、帰りはふるさとから広島まで在来線、広島から岡山までは新幹線を利用した。 私は基本的に在来線のゆっくり旅が好きなのである。その傾向は年を重ねるごとに深まってゆくようにさえ思える。確かに長時間座っているのは大変と言えば大変ではあるのだが、長年の修行のお陰と言えるかもしれないが、読みたい本さえあれば、6時間くらいは平気である。平均すれば2時間に一回くらい乗り換え待ち合わせ時間があるので、その間にトイレ他気分転換ができる。手前みそではなくそのような旅ができるのは、健康であるからこそなのはいうまでもない。 その様なわけで、4日間のあいだ2日間は在来線の中、兄の家にいたのは丸二日であった。初日まずはお墓参りを済ませ、兄と二人で終日日南海岸(なん十年ぶりにドライブしたがお天気に恵まれ最高でした)ほか、この数年ほとんど足を延ばしたことがないエリアをドライブした。 兄は昨年、ステージ4の腎臓ガンを告知されているからだなのだが、幸い治療の効果が出ていて、進行が押さえられていて、すべての行程を運転した。兄は傘寿、77歳である。告知されて以後、毎回ある種の覚悟をもって、一期一会のふるさと温泉入浴ドライブ小さな旅を続けている。お昼は兄の好きな鰻を食べた。宮崎は鰻の養殖が盛んで、兄は鰻が美味しい店をたくさん知っているので案内してもらった。3700円の定食、大満足した。午後3時近く、もう都城の近くにある古い渓谷にあるひなびた温泉に二人ではいった。露天風呂からのせせらぎの音、緑の眺めが染みた。 夜は日向市の繁華街にある、とある兄が昔飲み歩いた店が並ぶ一角にある、小さな焼き肉の店で、兄がご馳走してくれた。私は4種類の肉をいただいたが、すべて美味しくご飯をおかわりした。昼も夜ももういちど行ってみたいと思わせるに十分なお店で私は大満足、兄も嬉しそうであった。 翌日月曜日、義理の姉の美味しい朝食(純和風でいうことなし)をいただき、少し休んで熊本は阿蘇の麓ににある田楽の里に案内してもらった。義理の姉も同行。着いたのがちょうどお昼。そこは茅葺き屋根の完全炭火焼き囲炉裏の里で、本家と別棟がありいずれも家の中が相当に広く、数十台の囲炉裏が備え付けてあり、お昼時ほぼ満席、平日なのに次から次に遠来の客が押し寄せ、若いカップルから、家族連れ、一人の男の老人、親子、外国からの10人近い予約団体まで大勢のお客が押し寄せていた。 何せすべての囲炉裏に火が灯っているのだから暑いのである。クーラー、扇風機がフル稼働、はだか電球の大きいのが灯っているのみで全体的に明るくはない。何やら宮崎駿さんのアニメの世界に迷い込んだみたいであった。働いている人がこれまた昔風の和風の庶民が来ていたような衣服で、懐かしい私の原風景、中世の里に長く働いていた私としては、いっぺんに気に入ってしまった。私だけビールを一本のみ、田楽の定食(2800円位だったとおもう)をゆっくり雰囲気を堪能しながら完食した。 食後、義理の姉の好きな場所、ヒゴダイというアザミに似た植物が群生する雄大な阿蘇の風景が望める公園に連れていっていってもらった。ここがまた素晴らしかった。長くなるのではしょるが、義理の姉から、いろんな野生の花ばなの名前を教えてもらった。姉は若い頃高山植物を見るために山登りをしていただけあって花ばなの名前に詳しい。私もようやくそういった野生でけなげに咲いている花ばなにゆっくりと眺めいることの格別に思いを馳せるようになってきたのはやはり年の功だと思える。この感覚をこそ大事にしたい。
その雄大な絶景をあとに帰路は大分に入り、いつものように温泉に浸かり、午後7時過ぎ家に着いた。ちょっと遅めの夕食、姉登紀子さんが手早く私の好きな宮崎の餃子(市販のものだが、宮崎は餃子が美味しい)他4、5品あっという間に拵えてくれ日帰り旅を終えた。丸二日あちらこちら連れていってもらい、まさに命の洗濯がまたもや叶った帰省旅の出来事を、忘れない打ちに打っておく。 火曜日、朝6時10分、延岡発の在来線でふるさとをあとにしたのだが、登紀子さんが、おむすび5個、唐揚げ、卵焼き、うまい沢庵のお弁当を持たせてくれた。佐伯、大分と乗り継ぎ、中津に10時20分に着いて、小倉行きの待ち合わせ時間、ベンチでゆっくり早めの登紀子さんのお弁当をいただいた。と、そのときに一人の若者を見かけたのだが、よもやまさかの意外な展開が、この後起こることになるとは思いもしなかった。 人生は一度きり、この年まで生きてきて今さらながらにおもうことは、出会うことの、縁の不思議である。その若者とのこと、前回ちらりと打ったが、改めて明日打ちたい。

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