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2021-12-04

旧遊声塾に最初から最後まで参加してくださったY氏の生家にお招きにあずかる日の朝に想う。

 コロナ下ということは差し引いても、この年齢になると、朝がやってきて来て五十鈴川だよりを打とうという気がおきることが、生きていることの確認、生へのきわめてわがままな自己愛的執着、その自覚が私にはある。(何やら打つことが、書くことが好きになりつつある)

夜露をしのぐ身に余る部屋があり、食べ物衣服があり、何よりも家族や大切な方々が健康であり、私自身の心が平安であるということの自覚がなければ、能天気に五十鈴川だよりなど打てるはずもない。

私にとっては生まれて初めての大きな手術体験が、性格はともかく、何か新しい世界をもたらしてくれたことは、術後9か月の今、まず間違いない。その新しい世界がどのようなものであるのかは、まだようとしてわからないのだが、老いつつある中での、いわく言い難いおもいは、手術しなければけっしてこのような気持ち生まれてくることはなかったであろう。

さて、今日は旧遊声塾生、Y氏の高梁の生家にお招きにあずかる日の朝である。このコロナ下、Y氏にはなんどもお声掛けをいただき、ようやっと実現の運びとなった。結果集うのは私を含め3人、Y氏を入れて4人となった。



旧塾生I子さんが運転をしてくださることになり、我が家まで朝お迎えに来てくれ、NさんをピックアップしY邸までゆくことになっている。

師走のこの時期、コロナ下で遊声塾継続をあきらめた私としては、何とも言葉になしえない思いを抱いての参加なのだが、決めたのは旧遊声塾 に最初から最後まで参加し続けてくださったY氏に直接お礼と、感謝を伝えたかったからである。

コロナ渦が収まり、世の中も私自身にも平安が来たら、いずれは個人的にお会いするつもりではいたのだが、氏の旧遊声塾(生)に対するおもいの深さに感動したからである。それに全員ではなくても、今日集う旧塾生に直接私の思いが些少でも伝えられればと。(願うのである)

遊声塾を手放し、コロナが終息したら一人で始めようと思っていた音読自在塾、終息しないうちに見切り発車をしてしまったが。不甲斐ない塾長としては慙愧にたえない、制御しがたい自分という存在を、さらしたいのである。

ともあれ、ごちゃごちゃ言っても始まらない。潔く在りたい、気持ちよく在りたいというのが、正直な私の気持ちなのである。だから、今日はどこかすっきりとどこかうれしいのである。機を逃したら取り返しがつかないことが、人生には多々ある。

これまでの人生で何度かそういう経験をしてきた私である。ヒトは別れと出会いを繰り返す生き物である。別れは出会いを促す。だが、Y氏とは今後もずっと友人で居たい。そのことをただ、伝えたいのである。

I子さん、Nさんとの高梁横山邸お招き師走旅は、どのような旅になるのか、一期一会の山里旅、初冬の静けさを愛し、旧交を温め未来を見つめる老いる旅にしたい朝である。

PS 今朝の写真は、先月県立美術館の星野道夫展で求めた写真集。11月はユージンスミスの写真展も見ることがかなった。写真集も求めた。タイプは全くといっていいほど異なるが、人類の行く末に危機感を持ち続け、偉大なお仕事をされた写真家なのだということを、痛感した。

 

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