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2019-08-01

故郷往還旅、その二.

昨夜は遊声塾のレッスン、ふるさとから帰ったばかりで、こころがまだ岡山にたどり着いておらず、難儀な体を引きずりながら、何とかレッスンをやり遂げ、戻って深夜床に就き、5時間ほど熟睡して午前中のアルバイトを何とかこなし、戻ってシャワーを浴び、記憶の体が新鮮なうちに、五十鈴川だよりに向かう、真夏を生きる私である。


7月28日日曜日、私は義理の姉の用意にしてくれた朝食を済ませ、歩いて7分のところにある幸節館というIさんという方が造られた弓の道場に向かった。シャッターが閉まっていたが、入口の玉砂利が敷いてある木陰のスペースで約一時間久しぶりに弓の素引きをした。

五十鈴川だよりに正直に書いておきたい。私は岡山の道場での的前に立ち稽古は、あらゆることを勘案して、やめることにしたが、わが故郷に在る、兄の家から歩いてゆける距離にある個人の幸節館という道場にはわずかな時間であれ帰省の度に通うことに決めたのである。

私は、前回の帰省でこの幸節館という個人道場の存在を知ったのであるが、創られて36年になるというこの道場の主であるI氏に魅入られたのである。当年82歳、いまだ現役で弓をひかれている。
玉砂利が敷き詰められなんとも言えず気持ちがいい幸節館道場

何よりも、道場のたたずまいが、主の弓に魅入られた世界を寸部違わず表現されていて、そこに立つだけで実に気持ちがいいのである。的の向こうにわがご先祖のお墓が見え、山並みが望め、なんとも言えない気持ちになるのである。

翌日もまた、一人道場の外で素引きをしていると、I先生がやってこられ、すぐにシャッターを開けてくださり、さあ、引いてくださいと声をかけてくださった。私が習った流派とは異なるのだが、適切な指導をしてくださる。

おそらく、この先生との出会いがなければ、弓の稽古の持続を閉じていたかもしれないのだがこの先生との出会いで、またもやささやかに継続して修養しようとの思いが湧いてきたのである。

わがご先祖に見守られての弓の稽古、これまた奇遇なのだが、父母の眠るお墓のすぐ近くにI先生のご先祖もありことが判明。やはりこれまた何かのお導き、というほかはない。

ともあれ、こころから信頼できる弓の先生に出遭えたことで、私が故郷に帰る情熱に拍車がかかることになった。残りの人生時間、気持ちのいい場所で、気持ちのいい弓の先生との時間を大切にしたいと、こころから願う私である。

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