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2016-02-06

4月3日の個人的な発表会のチラシに掲載する文章を何とか書きました。

パソコンの不手際か、私の不手際かはわからないが、後半の文章が忽然と消えたままブログがアップされてしまった。

昨日の文章は、4月3日に個人的に発表する 、間違いの喜劇のチラシに載せるため、なぜ私が一人で全幕を遊読するのか、その思いを書いた、第一稿の文章をアップしたのだが、何故か後半が消えてしまったのだ。

消えたものを嘆いても仕方がないので、新たに書くことにする。私は臆病だが潔いのである。

【お百姓生活の合間に今も続けているのである。石の上にも三年という言葉がある。塾を立ち上げた当初、何せやはり30年ぶりであるから、私の体はそうはやすやすと文体に反応してはくれなかったが、数少ない奇特な塾生と共に 私は声を出し続けた。

よしんば塾生が一人も集まらなくても続けるくらいの覚悟だった。呼吸を深くして、全身に気を送りシェイクスピアを読み続けることで体に芯が通り、生活の中にリズムが生まれてきたのだ。

若いころにはもちろん帰れないし、声量も落ちているにもせよ、一年二年と遊読を継続してゆく中で、かすかにあの膨大な言葉が少しづつ体になじんでゆく昔の感覚が少し取り戻せたように感じはじめたのだ。

それにともない声を出すことが、塾を立ち上げたころよりもずっと楽しくなってきたのである。もっと書くなら、若いころには遊読できなかったようなところが、ずいぶん読めるようになってきていたりして還暦を過ぎシェイクスピアを声に出して読むということが、私の中で実に新鮮に感じられるようになり、奥深い手の届かない気づきが広がり、深まってきたのだ。

つまりこの30年間の私なりの人生が無駄ではなかったことが、無意識の蓄積が遊読する中で私なりに顕現化し確認できたのだ。(それに伴い塾生も増え、 現在7名もいるなんて夢のようだ)

振り返ると、私は人生の転機の度にシェイクスピアの言葉、シェイクスピアの世界観、宇宙観に支えられ、今もそれにかろうじて支えられながら生きているかのように感じている。

シェイクスピアの言葉は、私が生きてゆく上においての羅針盤である。昨年暮れ一人で公園で間違いの喜劇を声に出して遊んでいたら無性に一人で全幕読みたくなったのだ。ことさら理由は ない。

子供がお砂場遊びをするように、初老の男が言葉遊びをするだけである。衣装も音楽も照明も、とにかくなにもない。素手、丸腰で、高い山に挑むようなものだが挑戦してみたいのだ。
 
生きてゆくことは、 恥をかくことだというような認識が私にはある。当日、息も絶え絶えつっかえながら、遊読することになるかと思いますが、物見遊山でお出かけくださいますように心からお願い申し上げます】

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