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2014-08-18

今にして思えば、長女の誕生で私の生活は一変しました。

昨日は、長女の生まれた日だった。ささやかに家族で、プレゼントを贈り祝った。娘からもお礼の電話があった。

来月下旬には、ドレスデンで結婚式を挙げる我が娘は、25歳になった。私は62歳、きわめて個人的なことながら、とくに私の場合はどうしてもある種の感慨にとらわれる。

私が父親になったのは(娘に恵まれたのは)、37歳の時のことである。以来何かが自分の中で変化し子育て中心の生活へ、となって、大東京から岡山へと移住し、またたく間に2十数年がすぎ、気がつくと娘は大きく成長していた。

私ごときでも、人生はヒトとの出逢いで、まったくあらゆる局面が変化し、世界は一変する。妻との出逢い、娘の誕生が、やはりまったく私の人生を、よりよいほうに導いてくれたことを、素直に何かに感謝したい思いに私はとらわれる。

とくに娘の誕生は、単細胞の私をして、決定的に変えた。夢想的な生き方を選択していた私のこれまでの生き方のことごとくを、打ちこわし、私を限りなく地に着いた暮らしへと引きずり降ろしたのである。

成人した娘は、もうすでに目の届くところから遠く離れ、自分の足で歩き、よき伴侶を見つけ、家庭を持つまでに成長した。

若いころの自分を振り返ると、悩み多き青春時代だったと思う。まさか人並の暮らしができ、娘に恵まれるなどとは、思いも考えもしなかった。

足腰を鍛えることなく、頭だけで物事を考える、都市型世界を浮遊していたような、青春時代を送っていた感が、今思うとする。

生まれたばかりの娘を見たとき・触れた時の肌触り、やがてぐんぐん大きくなってゆく生命の力は私を圧倒した。その力は、私のそれまでの生き方を、根底から変えたと今思う。

いま静かに五十鈴川だよりを書きながら、二人の娘に出会えた我が人生の幸運を思う。そして玉のような娘二人を生んで育ててくれた妻には、感謝しかない。

この数十年の、世界の変化多様化は目まぐるしさをの極みの情況を呈していて、いつ何時、何が起こるかわかり得ないほどに、複雑面妖な時代に突入してゆく感があるが、私は娘たちを見ていると、さほど心配していない。

自分たちの世代よりも、明らかにいい方向に、歩んでゆくのではないかという希望が持てる。いい意味での、グローバル化をしなやかに受け止めて、いろんな国の人たちとも、余計な偏見なく、交流している姿を見ていると、新しき世代の日本人の姿を我が娘の中に感じる。

そして私は思うのだ、未来の家族を、ささやかに応援するには何をしたらいいのかを、とくと自分の胸に手を当てて考え続けながら老いてゆきたいと。

なにも難しく考える必要は全然ない、本質、根本的な生活さえ見失わなければいい、畑で安全な野菜を育て、新しい命たちに食べてもらいたいくらいしか、今は思いつかないが、身体が元気な間は可能な限り、新しい家族を見守り、新しい命の役に立つ存在で、ありたいと思う。

【ごめんなさい、今日は写真のアップが、かないません】




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