ページ

2022-11-21

娘のところで、2回目の五十鈴川だよりを打つ。雨の晩秋の稲城の朝に想う。

 月曜日、長女のところに3泊して迎えた朝である。望晃君が保育園に出掛けるのを見送り、つかの間五十鈴川だよりタイム。

一昨日は稲城の隣にある、よみうりランドで次女家族もやって来て、全員でイルミネーションネーションに彩られた晩秋の紅葉と落ち葉のよみうりランドで、私も年齢を暫し忘れて、久方家族時間を堪能できた喜びを、忘れないうちにきちんと打っておきたい。

ノア君が作った見事な作品

夕飯を稲城のとあるスーパーで、お弁当他色々買い求めてからよみうりランドに直行した。全員ゴンドラにのって、美しくイルミネーションで彩られた園内を中空から中心部に移動した。ショウを楽しんだりしながら園内を散策し、少し肌寒いなか夕食タイム。次女の息子葉くん(まもなく1歳4ヶ月)もノア君(4才8ヶ月)もともに夕飯お弁当時間を過ごしたこと、きちんと打っておきたい。(二家族はきちんと身の丈に会う生活をしていた)

昨日は、午前中京王多摩センターにある、幼児を遊ばせる施設や、丘陵地帯の落ち葉舞散る公園を散策したりしてノア君とはすごした。二人の孫はとにかくよく遊ぶ。遊ぶことが、遊べることが、自分自身と遊ぶことがいちばん大切なのである。昼食はスシローで。昼食後萌さんや葉君とはお別れし、稲城に戻ってお昼ね。お昼寝から起きて、雨が振り出し始めたのだが、私とノア君とレイさんの3人で稲城の温泉へ。私は初めていったのだが、良い温泉で全身がリラックスできた。

また、ノア君、レイさんと男同士でのつかの間はだかでの時間が持てたことで、又よき思いで時間ができたことが、私としては本当に嬉しかった。友人であれ家族であれ、ともに同じ時間を過ごすことのなかでしか、生じてこない感情の襞のようなものを、私は感じるのである。

特に、4才8ヶ月の孫との時間は、年に数回しかない貴重なひとときなので、私としては可能ならノア君の記憶に残るような時間が(記憶に残らなくても無論いいのだが)過ごせることを願うのである。

だがともあれ、雨の露天風呂で、ノア君に頭にレモンをのせられた記憶は、老いてはいてもかなり記憶に残るので、些細なことではあれ、お金などをけちったら2度と訪れない時間、ここいちばんでお金を使うためにこそ、未だ働くというのが動機の源泉、そんなことに温泉のなかで思いを巡らせていると、まだまだ働き、動き孫たちとの記憶に残る時間を過ごすためにも、老いてゆくなかで、初めての古稀以後のこれから時間を、時おりこうやって検証するのである。

それにしても、爺バカを承知で打つが、手前みそでではあれ、年に数回しか会えないが、二人の孫は、親の愛情をたっぷりと浴びて、すくすく育っている。子供は親を選べない。お爺だって選べないのである。となれば、お爺の役割とはなにか。私は楽しく考えるのである。そしてその事はたぶん、限りなく今を生きる私自身を活性化させるのである。単なる爺バカに私は陥りたくはない。孫とも、そして誰とであれ、私は同じ人間として対等にお付き合いしたいのである。ともあれ雨の稲城温泉はとても楽しかった。帰り道、お爺はとても嬉しかったので、稲城のケーキやさんでピカイチノマカロンをノア君にプレゼントした。本日はこれにて。


0 件のコメント:

コメントを投稿