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2021-10-09

大空詩人、としてその名を知られる、永井叔氏の自叙伝(青年篇と壮年篇)を読み驚く。そして想う。

 6月、岐阜県郡上八幡に住む音楽家、土取利行さんを訪ねた際に初めてその名を知った永井叔氏。路上でマンドリンを奏で、自ら作曲した大空を賛美する曲を歌い、(讃美歌ほかも)を雨の日も風の日も空の下で、命がけで愛と平和を、直接主に子供たちに、良寛のように伝えることに、生涯を燃焼した、永井叔氏の本を読み驚愕打たれた。あらためて、自分の無知をおもい知った。

読み終えたばかりだが、この偉大というしかない、まさに路上伝道行者の存在を知りえたことの幸運を、五十鈴川だよりにきちんと打っておきたい。氏の御本は岡山の図書館には不在で、西大寺図書館のTさんがわざわざ山口の図書館に全6巻のうちの2冊があるのを調べ取り寄せて下去ったのである。延長不可、昨日期日までに返却した。

Tさんは全巻読もうと想ったら、宮城県気仙沼の図書館に行かないと読めないとのことまで調べてくださった。永井氏の大空の下での愛の空前絶後の活動を支援する気仙沼の人たちとの交流の深さを、本の中で私は知ることができた。永井氏の銅像まで気仙沼の図書館には立てられているのも知ることができた。

いつの日にか気仙沼の図書館にまいってみたいとの思いである。永井氏は詩人の中原中也とも面識があり、ちょっと年上だが同世代の方である。中原中也は全国的に知られているが、永井叔氏の名は不覚というほかはないがあまりにも知られていない。それは添田唖蝉坊にも言える。

なぜにこのような 愛と平和を命がけで歌で伝道するキリスト者としての吟遊詩人が生まれたのか、もっと私は知りたくなっている。若き軍隊時代、軍の規律違反をあえて犯しての牢獄体験、あまりにもの過酷さが青年篇に生々しく書かれていて、想像しただけで胸のいたさに襲われた。

(このような不条理極まる権力を持つ側の横暴は、先に入管で無くなられたスリランカの女性の事例でも依然として続いている事実に唖然とする。一人でも声を上げる勇気を持たないと、永井先生に申し訳ない)

もし、コロナ渦中土取利行さんを郡上八幡に訪ねることがなかったら、永井氏の存在はもとより、賀川豊彦氏のことも知ることはなかったかもしれない。知ったとしてももっと老いていたかもしれないと想うと、一事が万事思い立ったら今がすべてとやはり動く勇気を持たないと、機を逸してしまうと、あらためて痛感、反省する。

読書体験はいやでも一人静かに自分と向かい合う。思わぬ自分を知る。本は未知の無知な自分の扉を開き、新たな世界の深淵奥深さへと導く。血を吐くような言葉の重み。著者との琴線が触れ合う感覚が、ささやかにささやかにあるからこそ、惹かれたり打たれたりするのだろう。それにしても、畏敬すべき勇気と実践力には深く首を垂れるしかない。

まさに純粋苛烈、キリスト者としてキリストのように生きた方がおられたことの奇蹟的な事実を、一人でも知ってもらいたく、何はともあれ打たずにはいられないのである。大空詩人を知る前から、大空の下で(40歳から中世夢が原で働き)このちょうど丸3年 、肉体労働者として働きながら、老いの世界を音読自在塾者として生きる覚悟をしたばかりでの、永井叔氏の著作との出会いは、きっと此の先大きくなるとの予感は、五十鈴川だよりに杭を打つように打っておきたい。


 

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