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2019-07-23

今週末から4日間ほど故郷に帰省することにしました。

今週の金曜日から、お墓参りのために門川に変えることに決めた。八月は何かと予定が多いので、機を逃すとなかなかに帰れないので、思いついたら吉日帰ることにした。

珍しく夕方五十鈴川だよりを気分転換がてら夕方書いている。昨日あたりから一気に夏らしくなり、蝉しぐれもようやく聞かれる今年の夏、学校はすでに夏休みである。

午前中働いていると、汗が滴り落ちる。夏が来たなあ、と一人ごちる。この年齢になると、確かに湿度の高い瀬戸内の夏は正直大変である。だから、この数年はとくに午睡をきちんと取り、体調を崩さないように私なりの工夫を凝らしている。

毎年折々書いているから、ご存じの方は多いと思うので繰り返しては書かない。今私は、上半身は裸で、二階の風が抜ける部屋で一文を綴っているが、私の暑さ対策の一つは暑さから逃げるのではなく、あえてほかのことに気持ちを集中することで、暑さをしのぐよすがとしている。

昔の達人は、心頭滅却すれば火もまた涼しなどと、のたまっているが、そのような高次元のレベルではなく、低レベルの私の個人的な対策である。これから、夏の終わりまでを何とか、コンディションを整えながら、やり過ごしたい。(だが汗をかく身体こそが生きている証である)

もうあと数日したら、五十鈴川で沐浴できるかと思うと、いい歳なのにいまだどこか浮き浮きする自分がいる。もう今年になって3回目の帰省になる。子育てを終え、時折のアルバイトのおかげで、気兼ねなく故郷往還が可能になった今のわが暮らし。

妻の理解も得られ、たとえようもなくありがたき今というほかはない。亡き父がすっぱいほど私に繰り返し言った言葉、若いうちの苦労は買ってでもしろ、30歳までは男はやり直しがきくと。

その言が沁みるのである。だから散々心配迷惑をかけた両親のお墓に、私は参るのである。私の命はご先祖様のおかげなのであるから、そのご先祖様に参るのは当たり前。

私の体の中には、祖父母、両親、ほか故郷の少年期に共に過ごした人々が、くっきりはっきりいまだ鮮明に生きている。日々の日常生活ではなかなかに思い出さないことも、故郷への帰省では一気にいまだあのころへと回帰する、特に夏は。
夕方なのでしぼんでいるが妻が育てた朝顔

私の場合だが、あの少年期こそが人生の中での、無名無垢の黄金時代であったのだと、老いて思い知るのである。便利なものは何もなかった、が何か大切なことはすべてあったかのような気がしてならない。

でもこのような、ちょぴりと感傷的な戯言も、おそらくは今が何か満たされているからこそからこそ、臆面もなく厚顔につづれるのだろう。

兄にラインで急きょの帰省を知らせたら、了解しました、との短い返事。今回もまた兄や姉と、他愛もない話をしようと思う。小さいころの共通の思い出を語り、一献傾けよう。お互い悔いなく元気なうちに。

両親には、次女がこの夏結婚式を挙げる旨きちんと報告するつもりである。

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