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2017-05-21

母と二人初夏の竹韻庵時間を楽しむ。

夏を思わせる暑い日が続いている中、母とメルと私で、昨日午前中竹韻庵で、畑に肥料をまいたり攪拌したり、手鎌での草刈り、ほかに精を出し、正味3時間余りを過ごしたのだが、あらためてこの5月末に84歳になる、母の炎天下、元気で精力的な動きに驚かされてしまった。

とにかく、手が良く動くそのことと、丁寧な仕事ぶりには、あらためて脱帽した。最近妻抜きで、母と二人だけで、竹韻庵にゆくことが増えてきつつあるが、独学で年間通じて葉物中心の野菜を何十年も作り続けている母から、(今年は自宅の菜園場に玉ねぎも100個ほど植えている)何度も書いているが、学べるうちに学んでおきたいという気持ちが一段と湧いている今なのだ。

日差しが強いし、お昼前には帰る予定であったのだが、家に着いたのが午後一時半、遅い昼食となった。

妻が昼食を作って待っていてくれ、3人で食した後も母の動きはやまない。竹韻庵で最後に刈って持ち帰った、ヨモギの葉を茎からむしり取る、手間仕事を率先してやってくれた。もちろん私もともにしたのだが、最後の掃除に至るまで、非の打ち所がない動きの仕事ぶりには 参った。

昨日のブログでも書いたが、還暦過ぎて、いささか遅きに失した感は否めないものの、気づいた時から始める、(夢が原退職後から)いまではようやく夢が原での出来事が、いい意味で遠くに思えるほど、今の暮らしを楽しめている自分がいる。

それは今、自分がこの年齢で心からやりたいと思ったことを、この4年間何はともあれ、少しづつ実践しながら学んでいることの手ごたえが、あるからだと思える。

母曰く、あなたが本気だから手伝うのだといってもらえた時の嬉しさはなかった。晩年ライフは地味に静かに暮らすのだという覚悟が一段と深まった。

人間はたった一人でも、きちんとした味方がいれば、私のような単細胞はいろんなことに勇気をもって生きて、立ち向かうことができる。

妻のことも書きたくなるのだが、私のことは書かないでねと妻が言うのでほとんど書いていないが、出遭ってからの30年以上、私のやることに 理解は遠くとも、寄り添ってくれる妻の存在なくして、私の存在もないことだけはきちんと書いておきたい。
毎日共に暮らし、もともとは他人であったところから始まった、夫婦関係の奥深さは、いよいよもって新たなステージに向かうこの頃を、夫婦して実感している。

シェイクスピアを読むことと、弓は共有してはいないものの、土に向かい合うことを始め、ほとんどのことに共有し合えている関係性が持続できている。有難いことだ。

命は日々の新陳代謝の上に持続する。一番身近な関係性から、遠くに在る関係性まで、65歳を機に今一度きちんと自省し、リセットし、いよいよの晩年時間に向かい合いたいと、今私は考えている。

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