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2013-08-18

暑い夏・介護職員初任者研修講義、無事完走しました

左から長兄・姉・二男・私・一番下はタイにいる

一昨日、介護職員初任者研修の最後の講義、午後筆記試験があり75日から始まった全ての日程を無事完走(130時間の講義を受けた)することができた。初日は17名の方が参加されていたが完走したのは13名だった。男子8名、女性5名である。

 

29日が修了式である。受かるかどうかは分からない、補修がこの間にある。今はただなんとも言えない、疲労と充実感が身体を包んでいて何もしたくはないのだが、何かを書きたいという、自己慰安ブログである。

 

時間を見つけて、書けるときにおいおい書いてはゆきたいものの、自分の身体や心というものは、おいそれとは思い通りにはならない。それでも一歩一歩書いていれば、何がしかの拙い念いではあれ、ささやかに家族に残り伝わる(別に伝わらなくてもいい)。

 

311以前のブログと以後では、明らかに何かが変化しているし、囲炉裏通信から五十鈴川だよりに変わってからは、全く変わった。この間のそこはかとなく揺れ続ける、内的な個人的揺れは、お恥ずかしいほどだが、そもそも生きてゆくことはどこか恥ずかしいことだという認識が私にはある。

 

夏の暑さと疲労で、とりとめなきブログになりそうだが、何故介護について学び始めたのかは、また体調がいい時に、ゆっくり考え書きたいとも思うし、書かなくてもいいという気もしている。内的に湧きあがってくるエモーショナルな情動を、説明するのが私はことのほか苦手である。そして、その情動もやがては叶わなくなる、有限である、そのことを父の死・母の死で、私はかすかにおもい知った。

 

話は変わり、ブログでは触れる余裕がなかったが、先日(731日)わずか一泊だったが福井県に向かう途中、長兄家族が岡山に立ち寄ってくれ、しばし兄弟で面と向かって話しができた。小さいころを共有した者同士が思い出を語れる、おたがい晩年をいい感じで迎えたればこその、いわば至福の時となった。

 

寛容な心持で話ができる、このような時間が訪れるとは若いころは思いもしなかった。世の中に出てばらばらに生きてきた我が姉兄弟なのに、晩年になって輪が繋がったのである。今は亡き両親に見せたかった。幼いころしか知らない兄の娘が(私の妻と同じ名前)結婚することになった。幸せな時間とい言うしかなかった。

 

後何回兄や姉と、このような時間が持てるのだろうか。以前も書いたかと思うが、この年にならないと、なかなかにこのような心境には至らない、これを老成と昔の人は言ったのかもしれない。兄は今年初孫に恵まれ、御爺さんになった。

 

やがては私も、孫に巡り合うことがあるのだろうか。

 

世界の行く末に思いをはせると、暗澹としてしまうのだが、いつかの終わりのその日まで、ヒトはやはり家族を持ち、幻想を持ち、生きてゆかざるを得ない。絶対矛盾を抱えながら、5人の子供を育ててくれた両親に、やはり私は最大の影響を受けている。

 

 

 

 

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