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2023-06-24

五十鈴川、ご先祖様の源流まで、昨年と今年往還することができました、そして想う。

 

用水路脇の見事なカンナ

木曜日からふるさとの兄貴、(77才喜寿)のところに帰省している。木曜日は荷物を置いてすぐに、車で一時間のところにあるご先祖の宇納間の隣、西郷村にある、【つがれ】(受け継がれに由来する)という素泊まりだが、雰囲気のいい民宿に兄と移動し、そこに貸しきり状態二人でステイした。

いまわたしは、この五十鈴川だよりを兄の家から車で10分のところにある日向市にある、マクドナルドで打っているが、(ここのスタッフの素晴らしい女性の対応でインターネット接続がすぐにできた)この素泊まり民宿のことは、岡山に帰ってまた打ちたい。帰省する度に泊まって数日過ごすには、私のようなやからにぴったりの宿を見つけた。

そして昨日朝4時に起きて、私のご先祖がすんでいた宇納間に兄に移動、兄はそのまま家に戻り、私は昨年の反対に兄の家に向かって、宇納間神社を早朝5時15分に出発し歩き出した。その行程35キロである。

岩の真ん中に見事な松ノ木がある

往還という言葉があるが、昨年の5月往路、そして昨日の復路で70才と71才で、無事に念願を果たすことができた事実を五十鈴川だよりにきちんと記しておきたい。

このような私の思いを汲んで協力してくれた正剛兄貴に、この場を借りて伏してお礼を伝えておきたい。またこの十数年にわたって、私の帰省を、今回もだが暖かく遇してくれている義理の姉にも、心からのお礼の気持ちを打っておかねばとおもう。

結果、兄の家に着いたのが午後一時半、途中4回ほど休んで、ただただひたすら歩いて五十鈴川を眺めながらくだった。要した時間は8時間15分。先祖の住んでいた宇納間はもとより、五十鈴川の周辺にすむ農家は、おしなべてすべて高齢化している。だが辛うじて老いびとたちが必死て先祖伝来の農地を静かに守っており、打たれた。

田植えの済んだばかりの水田の美しさは例えようもなく美しく、その美しさに癒されながら、山の青さ、山の緑に、五十鈴川のせせらぎの音色に、元気をいただきながら歩くことができた。

話は変わるが、69才の時、人生で初めて手術入院をした事をいまだに思い出す。あれから2年以上がたつのだが、あのときの体験がなかったら、五十鈴川を遡って歩くということ、感謝行脚は思い付かなかったかもしれない。昨年、上りを実現したことで、今年は逆に下るという発想は生まれなかったかもしれない。

かなり下流川幅がもっとも広い

まだ歩き終えたばかりで、ゆっくりと反芻する余裕がないのだが、これからの人生事あるごとに、私を励ましてくれるに違いない。

今はただやり遂げた喜びに、唯我独尊的に浸っている。ただ思い付くことに身を委ねる、ただちょっとした自分にとってのアクション実践、無理をしないで無理をする自由を謳歌することの大切さを、今回改めて自分の行為から学んだことのありがたさを、きちんと五十鈴川だよりに記しておきたい。

繰り返す、どれだけご先祖びとたちが築いた無形遺産に導かれたことか、周辺流域の人々が庭先に植えた、紫陽花、カンナ、春のコスモス、山もも、野菜のはな、手入れされた庭先の樹木等々。そして豊かな水流のもとである山々の鮮やかな新緑、偉大な自然の豊かさに導かれるかのように、歩くことができた。もうその事が記せれば大満足である。

ふるさとの五十鈴川に導かれ、大いなるものに抱かれながら、鳥の声、せせらぎの音。清流のたたずまい、すべて私の人生はここから始まったのである。その事の感謝をまるで念仏を唱えるかのように、無為に歩いた。時おり空の青に染まりながら、徒歩徒歩とぼとぼ、子供に還ったかのように歩けたことの幸福を、五十鈴川だよりに繰り返し打っておきたい。

思いの丈を振り絞り、一区切りつけたので、これから先の時間は、もっと自由に存在して、生きて行けそうな気がしている。

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