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2020-04-18

コロナウイルスの猛威の中、手の届く範囲での生活を今一度見つめなおす。

起きたら雨が上がっていた。今週は外での一人体動かしアルバイトが恬淡と続いているおかげで、今のところ私の体調はコロナウイルス騒動以前とほとんど変わらない。

だが国内はもとより、この世界的なコロナの危機は、今しばらくというか、画期的なワクチンや薬でも開発されない限り、長期戦の覚悟をすべての国民が覚悟するしか方図がなさそうな雲ゆきである。ゆめゆめ油断は禁物である。このウイルスは変幻自在、神出鬼没である。

春爛漫の最高の時節のいい季節に、自室からあまり出ないような自粛生活はことのほかの禁欲的なストレスをもたらすが、致し方ない、 耐えるしかないい。

この数十年、必ずGWは故郷に帰って、英気を養い、穏やかな故郷時間を楽しんでいたのがまるでかなわぬ事態になったことに、いささか呆然自失の体である。あと一週間もすれば故郷の空気の中に居られたのに、かなわぬことになってしまった。(本音を言えば、だれとも接触をせず、五十鈴川にたたずみ春の陽光に身をさらしたい)
万分の一でもこの方のように老いてゆきたい

したがって、私はGwを人とは会わず、主に家の中で過ごすことにし、気分転換には近所のお散歩、この際簡単な料理などにも挑戦したりして、なるべく気分がふさぎがちになるのを防ぐためのあれやこれやの対策を立てようととかんがえている。(誰もいないところで、距離を保ち、マスクをして無言の焚火なんていかがだろう?誰もいない海に向かってシェイクスピア作品のコトバを大声で胎の底から出すなんてのもいい)

薫風と新緑が目にも鮮やかなこの季節、コロナウイルスのパンデミック狂騒がなければ、年に一度の日本人にとって天国のようなGWであったはずが、身動きの取れないあらゆる意味で不自由な生活を余儀なくされようなどとは、いったい誰が想像しえたろうか。

事程左様に、まさに一寸先のことは予知しえないということを、あらためてウイルスという目に見えない感染の恐ろしさを、凡夫の私はようやくにして、お恥ずかしながら実感している。今はただ、識者たちの言に従い、ヒトとの接触を避けての生活を営むほかはない。

信頼できる山中伸弥先生の言説や、本庶佑先生などの意見に深くうなずきながら、普段できない手の届く範囲でやれることの中に、新たな喜びを見つけたい。非常事態をいかに生き延びるかの知恵を養うたまさかな時間だ、くらいに考えたい。 そして、医療従事者はじめ、多大の犠牲を払いながらお仕事に従事されているあらゆる職種の方々のことを、こころの片隅で想う。


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