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2024-05-03

次女家族、孫の葉くんと渋川海岸でつかの間黄金の砂浜砂浜時間を過ごしたGW、そして想う。

 昨日一昨日とGWの中日労働に励み、今日から4連休である。日曜日4月28日に次女家族が帰省し、岡山駅から渋川海岸に直行、その日は渋川海岸のホテルに泊まり、7月で3才になる孫の葉くんと波打ち際での砂遊びを全員で満喫した。

月曜日は午前中おもちゃ王国、午後は我が家ですごし、火曜日午前中私のバイト先で、キヌサヤや玉ねぎを収穫したり、ついでに農耕車や大型の草刈りトラクターに葉くんを乗せたりして、東京ではやれない体験をして、午後には東京に帰った。

孫の葉くんと二日ほど密に過ごせたことで、私のGWは十分である。記録として事実だけを記した。現在3人の孫に恵まれている私だが、孫との時間は宝の時間である。上京したときや、帰省したときにわずかではあれ、スケッチ風にどのように一日を過ごしたのかを、折々五十鈴川だよりに書いておきたい。特に彼らが記憶できない3才までの時間から小学4年生くらいまでを。

爺バカ承知で打っておく。私が元気で生活できる間、葉くんと過ごしたつかの間の渋川海岸の思いでは、次女家族との思いでも含めて、宝のような黄金の思いで時間が過ごせたことのありがたさを、きちんと五十鈴川だよりに打っておく。

あの天真爛漫というしかない、しぐさや、言葉を獲得してゆくなかでの絶妙なタイミングでの声の表現には今更ながら何度も驚かされた。葉くんはいままさに世界を見つけてゆく黄金期を生きているのである。その度に十分に老人であるはずの我が体は、喩えようもない喜びに浸され回春する。

保育園のお砂場と異なり、渋川海岸は無限のお砂場、全人類記憶の底の無意識のふるさと、宇宙的な感覚に浸れる。葉くんの無意識の発露、波打ち際での海水との戯れ、いまだ海水は冷たいなか葉くんはなにも恐れない。あえて深みに行きたがる。波に足をとられる。だが葉くんは濡れるのを構わず、キャーキャーいいながら膝上まで海のなかに入って行こうとする。3つごの魂何とか。冒険心が旺盛と見た。生きてゆくことは危険と隣り合わせだ。その狭間を泳いで行く知恵を身に付けてゆくことが、人生肝要である。

4月29日渋川海岸で。

小さな貝や小石を見つけて、繰り返し飽きることなく広大な海に向かって、左手で投げて遊ぶ姿、いまも私の脳裡に焼き付いている。コロナで大変な最中娘はまさに命がけで出産し、葉くんも命がけできっと生まれてきた。両親のもと大切に育てられ一段と成長している事が久しぶりの再会で、はっきりとこの目で確認できた。

葉くんは退屈しない、貪欲、わがままである。知恵がついていやいやも半端ではない。がいいのである。やりたいことしかしない。一瞬たりともお金がなくても退屈しない。その事は今を生きる私に、大いなる示唆をくれる。大人はすべてかっては子供だったのである。その事をほとんどの大人が忘れているのではないか。かくいう私もだが。だから私は思い考える。孫はお金に限りなく頼らず、生きる術の豊かな可能性を今更ながら私に提示するのである。

ただ手を繋いで波の音に耳を済ませながら、夕闇迫る渋川海岸を歩く。孫の手は喩えようもないほどに柔らかい。そして思う。このようなたまゆらを経験できるのは私が老いて健康で長生きしているからこそなのだと。そのような当たり前のささやかな喜びが、私のGWである。

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