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2017-08-21

65歳の夏故郷で過ごす❷

岡山に越してから、この25年間、娘たちが小さいころから、何度故郷に帰ったことだろう。私は65歳になり娘たちは巣立ち、当たり前のことだが兄貴や姉たちの家族全員が歳を重ねた。

そしてこの間の世の中の激変。IT技術の途方に暮れるくらいの、デジタルイノベーションの技術革新には、とても心と体が、ついてゆけない(ついてゆくきもないが)日々を、還暦を過ぎてから特に感じながら生きている。(でも私はブログを書ける今を楽しんでいる)

今回のお墓のリニューアルを詣でる帰省旅は、いい意味での無常観に想いを馳せることが度々あり、やはり歳をとったのだということを自然に感じながら、それを受け入れてゆく覚悟のようなものを、受け入れてゆく準備のための、帰省旅となった。

話は変わるが、私が18歳の時上京した時に乗った急行高千穂は、日向から東京駅まで25時間を要した。

今回一般道を岡山から門川まで、途中の食事休憩仮眠を入れ、安全運転、片道20時間くらいで 走っている。今の私の年齢で、大変だとは ほとんど感じないくらいの体力気力を支えているのは、やはり理屈抜き故郷への回帰願望のゆえである。それと私は運転があまり苦にならない。
車で帰省する時には門川の前に立ち寄りたいと思う神社である

だが歳と共に、高速道路運転を控えるようにしている。人生の晩年時間くらいのんびりと景色でも楽しみながら、日本列島を南下しながらの帰省旅を楽しみたいとの思いが深まってきているのだ。

そういう意味で、今回の車での帰省旅は、低速運転しながら、音楽を聴きながら、この25年間をゆっくりと振り返り物思いにふけりながら運転でき、格別な良き時が味わえた晩年旅となった。

家族愛、郷土愛、祖国愛というが、故郷の海山河の素晴らしさは、かろうじて開発の難を逃れ、いまだ十分にわが脳裏の幼き日の原風景をとどめているので、そのことが私を故郷へと向かわせるのである。

ああ、日本列島の何たる山紫水明のわが故郷の清らかさ、我が65歳の心と体を穏やかに満たして清めてくれる。

そして思う、あと何回元気な姿でお墓参りがてら、姉や兄を訪ねる帰省旅ができるだろうかと、多分初めて今回しみじみと想いを馳せたのである。

いつ帰れなくなっても悔いのないように、帰れるときにきちんと帰り、昭和を共に生きた兄や姉たちとの旧交を温めたいと、思わずにはいられない私である。

13日尺間山神社から戻ると、姉の孫の、小学校3年の雛と、6年生の航生がいたので姉と私の4人で五十鈴川に夕方泳ぎに連れて行ったのだが、姉の孫が私になついてうれしかった。

私には孫がまだいないが、このような縁があれば兄や姉たちの孫に私がしてやれることが、私にはいろいろあるのだということも、しっかりと確認できた。

15日午前中、夏休みの思い出、雛と航生には宮沢賢治の朗読、雨にも負けずを最後まで声を出す特訓もしたのだが、二人とも熱心に声を出してくれた。お父さんもお母さんも喜んでくれた。

老いは持ち回り、歳を重ねる中での老いの役割ということを、姉の孫たちからヒントをいただいた。だてに生きてきたのではないということを、縁のあった孫たちにささやかに伝えたいものだ。

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