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2022-03-30

置かれている無数の世界中の子供たちの苦悩を想像する今朝の五十鈴川だより。

 先日はS新聞の取材を我が家で受けたし、明日はRSKラジオに朝の9時半から、10分間出演することになっている。もうもちろんラジオに出てあれやこれやしゃべるなんてことは10数年ぶり、あるいはもっと前のことであるかもしれない。

今日も含めてだが、なにしろ2月24日にロシヤがウクライナに軍時進行を始めたときから、何やら訳のわからぬ、老いの血がざわつき始め、3月5日に企画をすると五十鈴川だよりに打ってから、まるで言葉もじりではあるが、飛ぶ老人感覚を生きているかのような、案配なのである。妻や家族や友人が心配するほどに。

だがである。何処かしら私自身は中性夢が原で熱く企画していた時代に、気分はまるでタイムスリップしたかのような、感覚がいまだそこはかとなく、残っているのだなあ、ってな感じで今を生きている。

体は以前のようには動いてくれないのだが、心は十分に冷静に動けていて、あと何本企画できるかはわからないが、音読しながら同時に企画も70代の企画がやれるかもしれないと言う淡い感覚が、希望が(今回の企画の実現がかなったら)満ちてきている。


たぶん、理屈ではなく体の奥深くが反応したから、年齢を忘れさせての、時間的にはかなり無理な、ある種無謀なまでの綱渡り的な企画を、立ち上げられたのだという他はない。我が道をゆくなどとカッコつけて言えば、生きていればこその不自由の中の自由を、自在に生きて悔いなく企画したいのである。

小さい頃、生きている漠たる不安をどこかで感じる子供だった。あまりの成績の悪さに、この世では居場所ががないかのような虚ろな子供であった私である。ウクライナ、ミャンマー、アフガニスタン、イラク、シリア、アフリカ諸国、書ききれない多数の国々をはじめとする、いやそれだけの国ではなく、この一見平和な日本でも、限りない困難の渦中を生きている、無数の子供たちの、やりきれない絶望的な精神状況を、古希男は想像するのである。

私の思春期、ゴダールは[大人はわかってくれない]と言う映画を撮っているが、心が張り裂けそうな過酷きわまりない状況を生きている子供たちのことを想うと、古希男は忸怩たる気分になる。昔、ロシアが生んだ映像詩人、アンドレイ・タルコフスキー監督の【僕の村は戦場だった】と言うフィルム、少年が見た戦争を描いた作品を見た記憶がある。

朝から何を打っているのだろう、話を変える。全くもって大人はいったい全体何を守るために破壊殺戮をし続けるのだろうと。この21世紀に。国家的な意義、国の面子など、子供たちには全く関係ない。きっと子供たちは絶望的な気持ちになっているのだと想像する。

大人たちが始めた理解不能な戦争のために、水や食い物がなくなり、親を失い、生活住居が突然破壊されたら、ひとはいったい全体どのような気持ちになるのかは、ちょっと想像力の失われていない人間にはわかるはずである。

他者の痛みの苦境をわずかではあれ想像すると、映像で伝えられない映像世界を想像すると、お花見気分も萎える。チラシを配布しながら、今私ができること、やれることを願って4月24日に向けてトボトボ歩くことくらいだ。

カテリーナさんは、私が出会えた最初のウクライナ人である。企画したことでたまたまそうなった。地球上には国連に加盟しているだけでも200ヶ国以上の国がある。すべての国には普通の人々人間が暮らしているのである。

戦争に勝者なし、理不尽に罪なき人々の命を奪い、苦しめる地獄の惨状のこうも見せられた私には、停戦の知らせが届くまでは、なにがしかのおもいを綴らねば、とのおもいに駆られる。

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