来月、私の最初の孫、望晃(のあ)が8歳になる。4月から小学三年生である。で、春休み私のふるさと門川に行かないかと誘ってみた。すると行ってみたいという。コロナの渦中、その後次々と長女に子供が授かり、私も何かと慌ただしい生活を余儀なくされていて、長女、次女家族共に帰省が未だ叶わずにいる。だが私一人でのふるさと帰省は折々続けていた。よもやの急展開で、ノアを連れてふるさとに帰ることに、なった。
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そこで、私は妻も誘って、爺、婆、ノアの3人旅をすることにした。私の場合思い付いたら吉日なので、おおよそのスケジュールを妻に話したところ、妻も大乗気であっという間に予定が立った。
3月28日から30日まで、3泊4日の旅である。熊本までは新幹線、駅でレンタカーを借りて阿蘇を周遊し、28日は私が3歳まで過ごした高千穂に泊まる。翌日高千穂を散策、午後兄の家に。
29,30日は兄の家にステイ。お墓参り、五十鈴川、小倉が浜など我がふるさと探訪。31日熊本へ。熊本城を見て午後の新幹線で岡山へという、ラフな予定である。
先の帰省で、我が姉兄兄弟は(義兄、姉も)全員後期高齢者なので、ノアの記憶にとどめたく、私としては、ことの予定がすんなりと決まったことに嬉しさひとしおである。何よりもノアが行きたいと言ってくれたこと、そして妻もまたノアとの帰省旅に大乗気であることが、私に五十鈴川だよりを打たせる。
古希を過ぎてからの、ふるさと帰省旅、毎回これで最後、悔いなくとの思いなのである。年に数回帰る度に、当たりまえ、私も含めた全員が老いてゆくので、まさに一期一会の貴重な旅となる。(予定)
昨日、妻が作ったラフなスケジュールを義姉、登紀子さんに送り、妻が確認の電話をいれると、私たち3人を心良く受け入れてくれるとのことで、私はともかく、妻は大変喜んでいた。兄弟とはいえ、妻は義姉との久しぶりの会話、弾んだ声にとにかく安心していた。いつぞやも打ったが、私が安心して帰省できるのは兄のお嫁さん、登紀子姉の存在が大きいのは言うまでもない。ノアとの帰省旅、何よりも妻が想像以上に、綿密に無理なく予定を立て、楽しみにしている様子。
話は変わる。2月26日は義理の父の名日なので、天気も良く、昨日午前中、お墓の草取りに妻と出掛けた。義父が亡くなった時私は49歳であった。娘たちは小学生。あれから25年の歳月がながれ、世界、世相、世間の移り変わりはいかんともし難く、我が家族、一庶民生活者の私にもにも容赦なく影響がおよび続けている。
が、何とかこのような一寸先のよめない時代を、家族全員、身すぎ世すぎ出来ていることのありがたさは例えようもない。我が両親、妻の両親への感謝は私の老いとともに益々深まる。老いてゆくお手本が身近にあるというのは幸福である。子供は親を選べない(違う説もあるが)けれど、精一杯のことを、思い付くかぎりのことをする。娘ふたりはスクスク育ち、自立している。
今しばらく、激変する時代の中、孫たちに、私と妻に何が出来るのかは判然とはしないけれど、お金では買えない楽しい思い出の記憶時間が残ればと念う。
PS 今日の写真は1974年に出版された、片桐ユズル、中山容、翻訳のボブ.ディランんの全詩集です。全358ページ、昨日から書写を始めました。時間を見つけてコツコツ進め、一月くらいでと、思案している。ノアとの旅の前までには終えたい。無事に終えたら、また五十鈴川だよりを打ちたい。






