朝、上京出発まで少し時間があるので新聞(以後、新聞は長周新聞の事です)を読む。6月22日と6月24日の郵送されてきたのを。配達の人の世界の責任ではないのだが、降り続く雨で、2日分はぐっしょり濡れていたので乾かし、ようやく読めるようになったのである。
紙面ページが少なく、庶民目線のこの新聞を隅々まで読むのが、最近の私の密やかなたのしみである。読みごたえがあるので、新幹線の中でもじっくり読もうとおもう。後期高齢者なのだが、有難いことに、文字を追う集中力は、今もさほどの衰えを感じない。
新聞を読む楽しみがこの年齢でまたもや訪れていることがいちばん嬉しい。好奇心は高貴心とはシェイクスピアの言葉である。何かに心がわくわく、どんなに個人的ささやかであれ、心が揺さぶられたりすることがないと、五十鈴川だよりはうてない。
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| 読書の幅を広げたい。見つけた凄い本。 |
ほぼ9割は午前中の、よく休んだ体で静かな時間帯に打っている。打っていると、打ちたいこと、言葉が湧いてくる。
話は変わるが、長女、次女のマンションには住んでいる人たちがいつでも利用できる図書館がある。上京する度に利用している。そこでも五十鈴川だよりを打っている。新潟の旅でも、沖縄の旅でも、その場で打つ。お供はタブレットと数冊の本である。持参した本を読み終えると、私の好きな神田や吉祥寺の行きつけの古本屋や東京堂書店で、本を求める。
東京は20年以上暮らした街、大都会だが地図が頭に入っているので、高齢者になっても今のところ、まったく問題なく過ごせる。渋谷のスクランブル交差点や、若者が集う下北沢などの変化には、正直ビックリする。青年時代の思い出がぎっしり詰まっているからである。無常迅速(大監督小津安次郎が好んだ言葉である)という言葉我が体に染み入る。だが抗っても致し方ない、諸行無常の移ろいを受け入れながら、五十鈴川だよりを打ちながら流れてゆく。(のだ)
時折、普段の生活場所とは異なる、新幹線の中とか、娘たちのところで本を読んだり、五十鈴川だよりを打つのが、実はとても楽しい。日常の延長のような、ささやか極致の高齢者旅旅、お金のかからない、有意義な旅が私はやりたい。8泊9日の上京旅、楽しみである。










