打ちたくはないが暑い。でもお休みだし、気分をあげてゆくためのルーティン五十鈴川だよりを打ちたい老人の私がいる。目の前には、送られてきた7月13日と15日の長周新聞が置いてある。長周新聞を購読してもうすぐ半年である。何度も打っている。わずか4ページの新聞は私の無知を知らしめるのに、充分である。
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| 下記に記します。 |
高齢者生活の内面への刺激という意味において、今やこの新聞は私にはなくてはならない。数年前まで、大新聞を長年購読していてもウカマウ集団のフィルム創りのことは知らなかった。
多分掲載されることはあったのだろうけれど、記事が多すぎて、怠惰な読み方しかしなかった私の目が捕らえる事が出来なかったのだろう。
それとやはり、私の感性のアンテナが錆び付いていて、あまりにもの問題意識の欠如と、地政学的に遠い世界へのの無関心である。
日々の生活に、企画者としての感性が磨耗、埋没していたのだ。しかし古希目前のコロナウイルス感染症で、世界の価値観(私の価値観も)が揺らいでゆくのを体感し、私自身が大きな手術を経験し、この5年で3人の新しい命、孫との出会いが、根底から現在の私自身に反省、自省を強いたのである。(幸福とは何か、根底から今も思考し続ける、世界の不条理や理不尽への無関心は、おそらく自分自身への無関心でもある)
臆面もなく綴れば、謙虚に反省する体と心がかろうじて在ったからこそ、長周新聞に熱く反応したのだと想う。何故、お金、経済的にならない営為に自主企画を続けてきたのかを打つのは、五十鈴川だよりでは控えるが、いまはただこの新聞に、この年齢で出会えた事の幸運をのみ打っておく。
話は変わるが、今大地震で大変な状況にあるヴェネズアラ、(現職大統領を拉致するという信じられないアメリカの横暴、石油利権の)そのヴェネズアラが今年の野球のWBC で優勝した際の、あの熱狂的な選手達の歓喜、臆面もなく涙を流して喜ぶ姿に私はビックリした。
大リーグで活躍する多くの選手達が、アメリカを倒したときに見せた、あの子供のような喜びよう、うらやましいほどの純粋さは、何故かという疑問を私にいだかせた、のである。あのときすでに私は長周新聞を購読していた。以来中南米諸国の記事はきちんと読むようになっている。
この猛暑で、老いの体は日々生きるためだけで、エネルギーの大半を消耗している。が有難いとしかほかに言葉が浮かばないほどに、暑さに対抗する熱さ、未知のラテンアメリカ諸国の歴史、先住民の文化、アンデス世界を、我が人生で少しでも知りたいという欲求が、酷暑の夏を支えている。先日も打ったが、正直このようなエネルギーが沸いてくるのが、不思議な夏である。でもまあ、深く考えるのはやめたい。我が体の自然な欲求に従いたい。わがままな企画者で在りたい、だけである。
PS 写真上は、2025年発行の、ウカマウ集団フィルムの、日本での45年にわたる上映交流記念パンフレットに寄せられた、ホルへ.サンヒネス(90歳を越えて現役である)のメッセージ。胸が打たれる。素晴らしい。
下の写真は7月13日日の長周の国際通信のボリビアの掲載記事です。











