酷暑、熱中症警戒アラートが発令されるなか、何とか持ちこたえ、五十鈴川だよりを打てる朝がきた。命の危険があるとの報道の最中、この年齢でアウトドア労働をする私を、妻は限りなく心配するが、もうやれないという判断は私がする。それくらいの矜持は持っていたい。
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| 網戸にへばりつく今朝の蝉 |
世間では酷暑、酷暑との報道がかまびすしい。(もっともっと他に伝えて欲しい報道があまりにも少ない、正直NHKを始めとするメディアには失望している)私は栄養をよく採りよく眠っている(眠れる)おかげで、体調は五十鈴川だよりを打てる程に元気である。
昨日出来たことを今日もただやる、こなすだけである。のろけ承知で打つが、妻が私の体調管理に気配りしてくれているので、生きていられる。
中世夢が原から本格的に34年、一貫してのアウトドア労働に勤しんでいるからこそ、きっとこの年齢でも動けているのだとおもう。昨日今日身につけた動きではない。すぐ役に立つことはすぐ役に立たなくなる、との言葉がある。頭が忘れても体は覚えている。だからやれている現実がある。
この熱暑のなか、外で働いている高齢者を様々な場所で私は見ている。ゴミの収集車、ドライバー、工事関係者、農業従事者などなど、枚挙に暇がないほどに、報道されないところで人間はどっこい生きている。
その事を私は知っている。みんな日々踏ん張って生きている、のだ。報道されない庶民の生活に想像の羽を拡げる。一日一日みんな凌いでいる。その事の尊さを想う。太古から人は生活し、子育てし、命を終えてきた。永遠の一瞬、蝉の一生と変わらない。そして後は、けせらせら、なるようになる真実に従う。蝉が夏を彩るように、私の老いの夏をささやかに楽しみ彩りたい。
話を変える。来月7日から夏休みである。今年の春頃、レイさんがドレスデンに里帰りする夏休みに私も同行する旨を伝えた。前回も触れたが、もう後期高齢者、右往左往生きてきた我が人生、ようやくにして静かに、穏やかに生活し(一日でもながく労働しながら)、そして体と心に刺激をいただける、老いの時間に重きを置いた生活にシフトすることに決めたのである。
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| 桑江良健さんに頂いた絵画 |
一年に数回、特に夏休み、どこか涼しいところで、集中して読みたい本が読めるような、わがままな、学び時間環境に、身をおきたい願望が強まる。ふるさと、北海道、東北、行った事のない場所で過ごしたいのである。お粗末だが、昨年まであまり年齢のことを気にしなかったのだが、明らかにもう私は充分に老人なのである。
世の中元気な高齢者ばかりにスポットが取り上げられる傾向があり、長生きをやたらに奨励する、ように思える。誤解されても構わないが、私はあくまで自然の摂理に従いたい。役目を終えたら蝉のように、というのが理想である。
いささか矛盾するが、労働出来なくなったら隠居したい。静かな隠居生活にあこがれる。その為に一年でもながく労働し、四畳半生活で足りるような暮らしにあこがれる、現在の私である。











