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| 私は養老先生のファンである。 |
私の好きな静かな朝が来た。自己満足、金太郎飴的なお爺さんだよりにすでになっている。だが当たり前、昨日と今日は、私の体は微妙に異なっている。だから昨日とは異なる五十鈴川だよりになる。
本人は気持ち良く動いているつもりではあるのだが、ひょっとしたときに、歳を感じるときがある。昨日午前中ほっといて気になっていた菜園場の草取りの後、最低の撹拌をし(できるだけ耕さない、だから草がぐんぐん伸びる、でも私はそれでいいのある)2列畝を作り、ピーマン、ナス、トマト、トウモロコシ(三本初めて植えてみた)を、お昼前までやった。
その事も含め、お正月からこの4ヶ月の疲れが、やはり出たのか夕刻お風呂の後、ちょっと外に出て湯冷めしたのか体が重く、夕飯(タケノコご飯と野菜の天ぷら)をそれでも美味しくいただき、早々に床に着いて、午前5時に起きた。
8時間以上睡眠をとったら体が軽く、気持ち良く起きることが出来たので、こうやって五十鈴川だよりが打っている。(なんと有り難いことか、良く食べ、良く動き、良く寝る)
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| 旬のタケノコ満喫しました |
精神の調節機能として、私は五十鈴川だよりを打っている(日々の行動生活記録としても)、体調が悪いと、当たり前絶対に打てない。そういう意味で、61歳から打ち始めた、思いつき五十鈴川だよりで、私が私自身にどれほど、(いまもだが)日々の調節がやれているかがわかる。
心身、体と心が連動しないとどのような一文も私は成せない。体が重い、気分がのらない、気分がすぐれない、食欲がないなど、体が発するサインを見逃さないことが大事である。
そういえばこの数年熱を出していない。還暦までは必ずといっていいほど、年に数回は発熱していたのに、古希目前の大手術以降、熱を出した記憶がない。
昨日ひさかたぶりに、体が重かった我が体、これから暑い夏を迎える前に、このGWはゆっくりお休みしろとのサインだと受け止めている。体の声を聞きだらだらすごすことにする。
平生つい夢中になりがちな我が性格はいかんともし難いが、年相応の過ごし方を、五十鈴川だよりを打ちながら見つけたい。
気分がすぐれない時の特効薬は、養老孟司先生の読みやすい本を(中身は濃い)読むことにしている。読む薬として重宝している。要は虫のように存在し、できるだけ静かに、気持ちのいい場所で、気持ちのいい人たちとの関係性を大事に、キープした時間をすごせればもう私は充分なのである。







