5月の朝の気持ち良さは格別である。夜は加齢に従い、エネルギーが切れるが、一晩ぐっすり眠れば、さあ今日も体を動かすエネルギーが充たされていて、別の体になっている。10日に植えた(30本の苗を)ばかりのさつま芋に水やりに行ってきて、今度は自分の体に水をやるように五十鈴川だより、というわけである。
![]() |
ところで、先日図書館でたまたま、ボクは日本一かっこいいトイレ清掃員、という本を読んで感動した。その内容については割愛する。読みにくい本、読みやすい本、種々あれど、本を読まない生活はまず私にはあり得ない。(読書の枠を取っ払い自由自在にてにする)、基本、今を生きる私にとって栄養になる本をよむ。
古稀以前の読書とはずいぶん手にする本が違ってきている。かなり片寄った本を読んできた反省から今まで手にしてこなかった、例えば料理に関する本なども。
何度か打っているが、記憶の幼少気期の我が家には、子供が手にする類いの本、絵本など皆無であった。
我が姉兄弟は、全員保育園も幼稚園もいっていない。その当時の門川ではそれが普通であったのである。調べてはいないが、保育園や幼稚園に通えるのは、経済的にゆたかな家庭の子供に限られていた、と思う。小学校に入学し、いきなりわんさかの同世代男女と出会った時の驚きは、まさに衝撃的であった。
話を戻す。そのような私が、原体験をどのように克服し、今では活字中毒(心身をゆたかにする)、と言える人間になってしまったのかを記すのは長くなるが、少し記すと、本を読むことで、想像力がうんと刺激されたからだとおもう。知的刺激の面白さ、本を読まなかったら、翻訳のシェイクスピアをよむこともなく、英国に遊学することも、アフリカ、インド、アジアを旅することも無かった。(想像力と感動力だけが我が取り柄である。)
青春期から持続的に本を読み続けてきたお陰だとおもうが、中世夢が原に職を得、企画をするようになって、生まれて初めて原稿の依頼をうけたのだが、自然と一文が成せたのも、本を読んできたからだと思う。読み書き語る。
この3つでかろうじて、この基本が有って、そのお陰で我が体もだんだん丈夫になり、いまもこうして動けているのだと自己認識している。読書はだから我が体の根幹を司どっているのだ。
![]() |
| 妻丹精のキングローズが咲き始めました |
再び話を戻す。感動した、ボクは日本一かっこいいトイレ清掃員は、岩波ジュニア新書である。以前だったら図書館でも素通りしていたかも知れない。孫たちのお陰で、絵本、子供の本のコーナーにゆく頻度が増え、そのことが私の読書に新たな彩りを、豊かさを与えてくれている。
幼少季、(教科書が読書だった、多分それだけはよく読んだのだ)手にすることがなかった、定番の本例えば、赤毛のアンなどの本も孫が読む前に、自分でもにわかに読みたくなっている。そんなこんな、未だ生活しながらなので、ようよう読書時間も限られてくるのだが、ジュニア版なら難なく読めるのが有り難い。絵本も目が疲れず(とても眼にやさしい)
老いてからいよいよ、大きな文字で内容のある、古くならない、珠玉の古今東西の物語を読める幸福を最近とみに感じている。









