起きてコーヒーを淹れようかとおもったらコーヒーが切れていた。そこで夏ロンドンで買ってきた紅茶を淹れ飲みつつ、五十鈴川だよりタイムなのだが、いつものようにはすんなり一文が紡ぎ出せない。
五十鈴川だよりを打ち出して、15年になるが、打つだけで、だんだん文字が書けなくなってきつつある、ような気が最近とみにする。頃合い、潮時というものが何事にもある。ものぐさな私だが、毎日ではないにせよ、よく15年も五十鈴川だよりを打ち続けてきたものである。
そろそろもう、ここらで一区切りを、という内なる声がしてきている。手で文字を書きたいというおもいが一段とましてきている。どちらもバランスをとって続ければいい、とも考える。が、もう現段階では、五十鈴川だよりは充分に打ち尽くしたというおもいが私にはある。
先日、次兄と電話でちょっと長い話をしたさい、親父が残した書があるので、私にくれるという。次兄には子供がいないので、子供のいる私に手渡したいらしい。次兄とは私が小学校六年生から(父の転勤で)転校し、高校2年生で実家にもどるまで別の生活を余儀なくされていたし、性格もまるで異なるので、会話の接点がすれ違い、要するに、あまり密な関係性は築いていなかったので、ちょっと驚いている。
だが、その事、亡き父の書が契機になり、次兄との関係性が、互いに古稀をすぎて意外な展開になりそうな気がしてきている、のだ。長くなるので簡潔に打つ。五十鈴川だよりを打つ時間を手放し(完全には無理だが)、来年後期高齢者になるのを機に、手で文字を書く、わけても筆で文字を書く、老いゆく時間が過ごしたくなったのである。
上手いとか下手であるという次元ではなく、ただ手で自分の感触、他のだれのものでもない自分の筆跡の文字で、お便りを書いたりするひとときをこよなく大切にしたい、のである。だからこれから、五十鈴川だよりを打つ回数は減ってゆくことは間違いない。
書を始めることと、ウカマウフィルム作品を上映会を企画することは、まったく私のなかでは矛盾せず、どちらかと言えば繋がっている。もう何度も打っているので控えるが、一冊の本を読む、一回のフィルムを見る、前と後で、老いゆきながらも何かが自分のなかで変化している、のだ。老いの伸び代、とよいほうに考えたい自分がいる、のだ。
確かにあらゆる事が(生来のものぐさ)、億劫になりつつある自覚があるのだが、今まで関心が無かった領域への読書の幅の広がりや、書をやりたいという情熱が湧いてきたりもしている。その事にただ正直に生きたい、ただそれだけなのである。猪風来美術館の土手の草刈りなどの情熱も、老いゆくなかでの変化なのである。
話に脈絡がなくなるので、ここいらで止すが、今日の夕刻レディオモモに出演する。74歳にもなって、ラジオ出演への依頼があるなんて、面映ゆいが、何と20分おしゃべりする時間があるという、身から出た錆びだと引き受けたが、多分最後になるだろう。
話は変わる。昨日、ガブリエル.ガルシア.マルケスの(講演が苦手だったという)貴重な講演記録の本を読み終えた。百年の孤独を始め、ラテンアメリカの作家の本を私はこれまでの人生で手にした事がない。心から手にしてよかった。本物の文学者の声は異国の老人の私にも、翻訳日本語で届くのである。本物の文学者の希望の声は国家、国境を自由に越え届くのである。











