梅雨明けと共に一気に高温多湿の、寝苦しい夏がやってきた。古希を過ぎこの夏の暑さを、いかに乗り越えるのか、が我が体の、オーバーではなく大きな命題である。アウトドア労働が好きであるとはいえ、この夏、この暑さでの、アウトドア労働は、忍耐の美学を通り越している、と時に考える。
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| 次女の葉くんがマンションのエントランスで見つけたカブトムシ |
だが私の選択は、一日一日やり過ごし、労働をする、だけである。万が一体が、サインを発したら、無理せず従う、というのが素直な今の気持ちである。
一つの羅針盤としての我が体、この夏を乗りきれれば、ウカマウ集団のフィルムの自主上映がやれるとの、希望である。かっこつければ、ギリギリを生きなければ企画をやる意味はない。
でも、鶏と卵ではないが、ウカマウ集団の自主上映をやりたいとの願望が、この例えようもない暑さを、凌ぐ大きな原動力であることは間違いない。どれだけの思いが我が体と心に在るのかを、何かに試されているかのようでもある。
倉庫の冷蔵庫の、妻が用意してくれた特性ドリンクを随時飲みながら、この2日間の暑さをしのいで水曜日朝、五十鈴川だよりを打ちたいという元気がある。その事が有難い。
話を変える。長周新聞の記事でウカマウ集団集団のフィルムについて知ったことで、にわかに我が生活に、何か新しい風のような、静かな息吹き、想像力の翼の広がりのような感覚が、老いて尚止まない。もっと打つなら、この上映会を持って、企画者を終えたい、と思わせるほどの、ウカマウ集団のフィルムにで会えたことの、幸運を噛みしめる夏である。
ウカマウ集団について、インターネットで検索すれば、情報は知る事ができる。が、私はよほどの事がない限り、インターネット検索はしない。私の情報は、体を通しての直接情報である。違う言葉で敷衍すれば、本能的昆虫感覚のような堪で、内なるなにかが蠢いたときにしか企画ができない。世間的に高評価の作品であっても、我が心が反応しなかったらできない。この夏、7月4日、私は太田昌国先生とウカマウ集団のフィルムに出会ってしまったのである。
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| 少しずつ読み学びたい。 |
30代の終わり、まだインターネットなき時代、新宿の厚生年金会館初めて、西アフリカセネガルの音楽、ドゥドゥ,二ィジャエローズ率いる、家族の(30名位)太鼓、タムタタの演奏を聴いたときの衝撃は、一気に私を、アフリカは未知の世界へと運んでしまった。
以後、それぞれの年代で未知の世界へ、企画をすることで、結果的に無知を噛みしめながらの人生を現在も送っている、と言っても過言ではない。そして今また、来年は後期高齢者になろうかという年齢で、ウカマウ集団kのフィルムに企画者として熱く反応する体がある。
その事実の根っこを分析することには、全くわたしは感心がない。ただ素直に反応する。したいだけである。
ただ謙虚に思う。この年齢で、ウカマウ集団のフィルムに出会えたことの幸運は、この暑さを耐えさせてくれるに充分である。労働し、五十鈴川だよりを打てる間は、太田昌国先生の著作を入り口に、ラテンアメリカの歴史と現在について学びたい。












