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2026-08-21

8月21日午後、ヒースロー空港のカフェで、寸暇打つ五十鈴川だより。

 ヒースロー空港にやって来た。ベルリンへの出発は午後七時半なので随分時間がある。荷物があるのでとにかく空港でのんびりしようと思ったのである。空港職員に支えられ、荷物を預け手荷物検査(これがことのほか厳しい、ズボンのベルト、帽子まで全て預けねばならない)済ませ、空港のカフェの中で打っている。

親切な中国系の若いカップルが充電(充電できる場所があちこちにある)していて、すぐにインターネット接続をしてくれた。旅はみちづれ、世は情けなんて、この時代死語である、何て思うのはちょっと早計である。もちろん不親切な人もいたが、ほとんどの人は、老人の私を労って、黒人の若者、白人の若い女性に何度も地下鉄で席をゆずってもらったし、劇場のスタッフは親切に対応してくれ、この5日間何一つ問題なく過ごせた。だからこそ、このようにゆったりと、空港時間が過ごせるのである。

昨日テムズ川を背景に撮った

年齢的に、一人でロンドンを彷徨き回るのに、いくばくかの不安を抱えていなかったのかと問われたら、正直不安がなかったといえば嘘になる。49年前の時も、未知の国に着いた時に強烈な不安が込み上げて来たのを思い出す。今回はそれとは全く異なる。余りにもあらゆるシステムが変わってしまっていることにたいしての不安である。 だがそれも娘から色々懇切に教えてもらえたおかげで、ほとんど不自由しなかった。特筆すべきは現金を一度も使わなかったことである。このような事はもちろんわが人生で初めてである。慣れである。一呼吸入れ対処すれば何て事はない。もう年だからとか、言葉がわからないからとか、あらゆることをネガティブに考えたら、一歩も踏み出せない。 要は心に正直に生きる勇気を養わないと、何事も未知の世界の扉は開かないという厳然足る事実である。私は老人の一人旅を奨めているのでは決してない。細心の心の準備をして望む。少々の些事の出来事は、時間がたてばいずれ癒えて思い出の一部になる。心に深く刻まれた思い出だけが残る。そのような旅が今回出来た事の喜びを臆面もなく、綴らずにはいられない。 今夜ベルリンの家族に再会し明日は日本に帰るので、今回の旅、最後の五十鈴川だよりになる。日本に戻ったらしばらく、五十鈴川だよりを打つ気が起きないような気がしている。

ロンドン8日目、最後の朝、ハマースミスの宿で打つ五十鈴川だより。

 ロンドン最後の朝である。窓から青空が見える。涼しく気持ちがいい。朝夕シャワーを浴び、整理整頓、気持ちが上向くようにすることが一人旅では大事である。荷物のパッキングも終えタブレットに向かっている。

白い部分3階席が競り出している

昨日の五十鈴川だよりで、もうミュージカルを観ることは今後はない、と打ったばかりなのに、昨日午後、Aldwichシアターで、シナトラ(フランク.シナトラ)という、フルバンド、17人編成が生で演奏する、素敵というしかないミュージカルのマチネー公演を観た。全く観る予定はなかった。

昨日宿でブランチを済ませ、近所に散策に出かけたところ、9番のバスの行き先がAldwichと表示されていたので、その表示に誘われて飛びのったのである。

Aldwich.theatareは、49年前、RSC(ロイヤル、シェイクスピア、カンパニー)の本拠地で私が最も通いつめた劇場だったので、これも何かのお導きと都合良く考えたのである。

バスは私が昨日歩いたのと同じ道を走りピカデリーを抜け、午後2時Aldwichに着いた。劇場は記憶のままにそこにあった。劇場入り口にはマチネー公演を観るご年配の人びとで溢れかえっていた。よもや木曜日のマチネーがあるとは。

すでに、RSCは本拠地を変えている。劇場にはシナトラのミュージカルが上演中なのだが、どうしても劇場に入りたくなり、当日券が(40ポンド、8000円、日本でこのレベルのミュージカルを観ることをおもうと実に安い)であったので、観てしまったのである。結果、ロンドン最後の日に、よもやまさか、思い出のアルドウィッチシアターで、シナトラのミュージカルを観ることになるのだから、話が出来すぎである。

幕間の様子

ミュージカルは、あの当時のアメリカのショウビジネス界を生き抜く、一人の男の愛と苦悩の生涯をミュージカルに仕立ててある。シナトラは歌手だから、私の知っている曲も多くあり、マチルダと同じように随所に、本場の根付いたミュージカルの力を堪能した。

幕間、カフェでくつろぐ、ご年配カップル(シナトラを知る世代で客席は埋まっていた)に交じって、私もビールを飲み、若き日の自分の幻影を劇場空間に見た。感無量というしかなかった。

二部は、マイウエイトの歌で始まる。憎い構成である。私を含め、ご年配の観客は嫌でも人生を振り返られたに違いない。17時終演。

大満足で外にでて、見納めにウオータールーブリッジまで歩き、テムズ川の風にあたり、ピカデリーに出て孫たちにささやかなお土産を買い、地下鉄でハマースミスへ。

高齢者、夢は青野を、かけめぐる

宿に戻って、シャワーを浴び、近所の雑貨屋さんでビールとパン他を求め、一人でこの度最後の夕食を部屋でする。

一人老人が異国ののホテルで食事をしている様は、ちょっとさみしい情景だが、私としてはこれがいちばん私らしいのである。大勢の人が談笑しているレストランよりも、一人で部屋でつましく、噛み締めて頂く食事のほうが有難いのである。

贅沢をするための旅には、私はとんと興味がない。身の丈に合う生活、身の丈に合う旅こそが私の旅である。そして身の丈に合う、老人ならではの企画を夢見る、私である。



2026-08-20

ロンドン7日目、午前中、ハマースミスの宿で打つ五十鈴川だより。

 今日がこの旅の最後の一日の朝である。この2日間雲り空だったが今日は晴れている。気持ちのいい朝である。動き回っているのもあるが、日本語の聞こえてこない異国の環境に身を置いているだけで、無意識のうちに、微妙なストレスが蓄積され、やはり体が相当に疲れるのだろう。だからぐっすり良く眠れる。

マチルダ開演前の舞台

さて、今回の2週間に及ぶドイツ、ドレスデンとロンドンへの旅も、余すところ、今日明日の2日間になってしまった。旅の記録をほぼ毎日のように打っている。めったにない時間だから打てる。

異国の朝のこの時間、私は幸せである。能天気にこのような事を打てるのは旅の時間だからである。帰れる場所があっての旅である。

幸せはいつ不幸せに転じるのかは、だれにも分からないにもせよ、不幸せ感に体と心がおおわれていては、能天気五十鈴川だよりなど打てるものではない。いつの日にか、五十鈴川だよりを打てなくなる日がくるまでは、自分で自分に、生きている実感をキープ、息を吹き込むように、淡いおもいを打ちたい。

さて、昨日も私は歩いた。ハマースミスから、なんとピカデリー、ウエストエンドの劇場街まで歩いたのである。昨日とは反対の道を、ケンシントンガーデンや、ハイドパークを眺めつつ、至るところに目にはいる、日本とは異なる景観、由緒ある建築群をただ眺めながら歩いた。

オペラハウスの外観

約2時間以上、着いたのが13時。お昼を食べにまたもや足は中華街へ。(アジア人である。お米や麺類が食べたくなる)そこで海鮮焼きそばを食べ、食後疲れた足と体を休めるため、ナショナルポートレイトギャラリーへ。そこのカフェで、持参した外山滋比古先生の本を読む。

約2時間ほど過ごして、ウエストエンドを散策しながら、コベントガーデンの周りを彷徨き、17時オペラハウスへ。そこのカフェ(街中の雑踏のカフェよりも、本を読むには最高なのである)で、18過ぎまでまたもや読書、外山先生の本を読み終えた。

異国では、日本語が染み入るように読める。お米が食べたくなるように、日本語が食べたくなるのである。午後七時前マチルダ観劇の為、ケンブリッジシアターへ。

マチルダ、74歳で、ミュージカルを49年ぶりにケンブリッジシアターで観る。先ず観ることが出来た事実の幸運を五十鈴川だよりに記せば足りる。

が、ほんのちょっと、装置、セット、照明、音響、衣装、振り付け、音楽、そして何よりも、子役から大人、30人近い全登場人物の、キレのある歌、一糸乱れず展開する、その転換の見事さ、圧巻は私の筆力では記せない。オペラ座の怪人、レミゼラブル、コーラスライン、マイフェアレディ、オリバー、などなど、オリジナルミュージカルはロンドン、ウエストエンド発である。

以後これからの人生でミュージカルを観ることはない。もう十二分に堪能した。地下鉄を乗り継ぎ宿に戻ったのが22時半、シャワーを浴び、一人ビールを飲み物思いに耽る。午前0時過ぎ電気OFF、眠りに落ちた。


2026-08-19

ロンドン6日目、朝、ハマースミスの宿で打つ五十鈴川だより。

 一人になって丸2日が経った。ハマースミスの宿で朝打っている。昨日のロンドンは終日雲でしのぎやすかった。今日も外を見るとどんより雲空である。さあ今日は何をしようかと思案している。夜はマチルダをみる。それまで時間はたっぷりある。昨日も打ったが、名所旧跡の類いには、関心が向かない。だから昨日は、ホテルにあった地図を片手に、ホテルでゆっくりブランチをして、ハマースミスからハイドパークまで、おおよそ二時間半休み休み歩いた。

ハイドパークにはホースロードが。

この突然の思いつき、雲り空だったから実現したが、快晴で、夏の暑さのなかでは、先ず思いつかなかった思う。地下鉄で、乗り降りするロンドンの人びとを眺め、バスから、街並みを眺め、最後はウオーキング、歴史的大都市中心部までをあるくことで体感したくなったのである。

理屈ではなく、74歳の体での想いでを、歩くことで刻みたかったのである。一歩一歩、歩を進める毎に視界が開け、歩く速度でしか感じられない風景が出現する。

古い樹齢は数百年は経っているであろう街路樹の立派さに見惚れ、導かれるようにただ歩く。街路樹もだが、公園やスクエアには、無数の大木(樫木、メイプルなどの広葉落葉樹)が存在していて、そろそろ秋の気配、ハラハラ舞い降りる落ち葉は、一本の樹木のそれだけで、気が遠くなるほど無数である。

その木の葉を掃いて集めて、大きなビニールの袋に入れている仕事をしている人を多くみかけた。さもありなん、誰かがこの美しい景観を守っているのである。

至るところにスクエアがあり、ベンチがある。そこで水を飲み、地図を広げ現在地を確認し、地下鉄やバスが走っているメインロードを歩く。午後2時(3時間近く歩いた)過ぎにハイドパークに着いて、広大なハイドパークのなかをほぼ一時間散策する。

大きなパークの中には池があり、白鳥や鴨をはじめとする多種類の水鳥がいて、親子連れが餌をやっている。長閑である。子供の遊具施設もある。狩猟犬の訓練をしている人もいる。樹齢数百年の大木の下で昼寝をしているひともいた。カップルも家族連れも、一人の人も、広大なハイドパークは、私のような異国の老人をも温かく受け入れてくれる。歩いたからこその喜びが体を満たした。

隣接するケンシントンガーデンの風景

疲れた足をしばし休め、お腹が空いたので、そこから94番のバスで(ロンドン市内のバスの充実は凄い、時間があれば、パスを買っていくらでも安く旅が出来る)ピカデリーへ。

とある場所で韓国料理のレストランを見つけた。そこで午後4時すぎ早めの夕食をとる。ビビンバとチジミとビールで十分にお腹いっぱいになった。

さすがに疲れたので、すぐに地下鉄ピカデリーラインで宿に戻ってシャワーを浴び、小一時間よこになる。午後八時夕闇迫るハマースミス界隈に散策がてら、水を買いにゆきく。その後は、部屋で眠くなるまで、外山滋比古先生の(文章を書く心)を読み、睡魔が来たので目をとじた。

PS 異国での一人時間、私にとって絶対的に必要欠かせないのが本である。本さえあれば、この年齢でもなんとか、私の場合過ごせる。49年前、翻訳シェイクスピアの日本語を、異国ロンドン、日本語の聞こえてこない環境で(今思えば)繰り返し読み続けたおかげで、あれほど文章を綴るのが苦手だったのに、今では五十鈴川だよりを打つのが、老人の楽しみのひとつになっているのだから面白い。

18歳から20代、追い詰められ続けた時代環境の中を(今もだが)、泳ぎ続けこの年齢まで生きてこれたのは、異国の地で日本語に出会えたからである。今、ハマースミスの宿を一歩出れば、人種の坩堝、異国の人びとで満ちている。嫌でも日本人であることをを強く深く意識せざるをえない。

人生の仕舞い支度を、始めねばと思う年齢に差し掛かり、予期せぬロンドンへの旅が、短い滞在時間ではあれ、全く日本語が聞こえてこない環境にいる。日本語で沈思黙考をするには、普段読まない日本語の本を持って、異国の地で読むのが、私にはいちばんなのである。




2026-08-18

ロンドン5日目、ハマースミスの宿で打つ五十鈴川だより。

 昨日午前11時にアーリングブロードウェイから、ハマースミスのシングルルームの宿に移動した。駅から歩いて10分くらいの所である。チェックインは午後3時からなのだが、レセプションの人が部屋のカードをくれたのでラッキー、助かった。


こじんまりとして、必要なものが全て揃っていて、窓からは緑の樹木と菜園ガーデンが見える。シャワールームも清潔、すでに一泊したが、ぐっすり寝てスッキリと目覚めた。起きて先ずはイングリッシュティーを飲み、スーパーで買ったバナナを一本食べタブレットに向かっている。

昨日は宿に着いて、荷物の整理をし、肌着を洗濯し、近所のクリーニング屋さんにワイシャツを二枚出し、ドイツから持参したパンや、サラミ、チーズなどで昼食を部屋で簡単に済ませ、今回の旅で初めて昼寝をした。

目を覚ましたら午後2時過ぎ、どこにもゆくつもりはなかったのだが、足はその昔住んでいたエリアに向かった。記憶のなかの面影はなかった。当たり前である。駅の地名はともかく半世紀近くの歳月が流れているのだから。

幸い、当時の行動記録日誌が残っている。旅の記録を打ちたくなる、私の性の根っこに、初めての異国、若き日のロンドンの日々が熾火のように、老人になっても残っている。ロンドンの北、スタンモアに下宿していたのだ。昨日、そこまで地下鉄(終点)で行き、散策するのを諦め、そこからはバスを二回乗り換えてロンドン中心部に戻った。

窓からの眺め

2階建てバスのいちばん前に陣取り、郊外から中心部への家並み、景色、人びとの暮らしを眺め眺め、おおよそ二時間の市内バス観光が楽しめた。

夕刻7時、マーブルアーチの高級住宅街で下車、異次元の街なかを、歴史の勝者たちが住む街の、古い古い石畳を、74歳の足で踏みしめあるいた。高級ブランド街を通り、高級レストランを横目でながめ、私の足は中華街にむかった。

中華街と劇場街は隣接していて、観光客や地元の人など、ほとんど私のような庶民で、ごった返して賑わっている。あきちの地面に座っての飲食はロンドンでは普通である。49年前と同じように、物乞いの姿も未だ多い。高級住宅街では物乞いの姿はなかった。

中華街は平日でも人人人で溢れ返り、老人が一人で落ち着いて、軽く晩飯に預かる気分にはとてもならない。が喰わねばならない。このような気分は絶対的に、異国のなかの孤独時間を体験しない方には分からないだろう。そのような想いを抱え、人は何故旅に出るのか、謎である。絶対矛盾を抱えつつ、苦楽の旅を歩ける間は持続したい。名所旧跡を巡る旅ではなく、実存的思考旅がしたい。

もう宿か、ハマースミスのパブで夕食にしようと思った矢先、路地を少し入ったところに空いた麺のお店が在ったので、迷わず入った。感じのいい小柄な中国人に、一人であると告げるといちばん隅の二人席を案内してくれた。静かに簡単な一品があれば十分だったので、ワンタンヌードルとビールを頼んだ。お腹がすいていたので美味しく頂けた。地下鉄ピカデリーラインで、午後9時過ぎ宿に戻り、シャワーを済ませ、あっという間に眠りに落ちた。

2026-08-17

ロンドン4日目の朝、アーリングブロードウェイの宿で打つ五十鈴川だより。

 娘は家族が待つコペンハーゲンに向かうため午前7時、ヒースロー空港に向かった。私は今日から金曜日まで一人での旅となる。チェックアウトまで時間があるので、昨日あれからの行動記録などを、綴りたい。宿の窓から見える空は青く快晴である。隣の塀の上をリスが尻尾を立てて歩いている。尻尾が胴体と同じくらい大きい。動きが愛くるしい。

ケンブリッジシアター

宿(ベッド&ブレックファースト)からアーリングブロードウェイの地下鉄まで歩いて七分くらいで、建物はなく、広い土地に大きな樹木が何本もそびえていて、2階建てバスの始発所がある。宿から見える風景はもうそれだけでロンドンである。

さて、昨日の午後からの行動記録だが、娘二人の親になってから、岡山に移住してから34年、私はほとんど芝居を観ていない。企画をすることや、他の事に情熱のほとんどを費やしていたので、ことさらに芝居を観る必要がなかったからである。(その昔の今から49前、25歳から26歳の一年間で、100本以上の芝居をロンドンで観たので、もうどこか一生分を観たような気がしている)

だが、降ってわいたような今回の旅、芝居文化が根付いているロンドンにいるのだし、49年ぶりに自然に、やはりあの昔自分がよく足を運んだ劇場街を眼にすると、昔の面影に浸りたい老人としては、やはり血がさわぐ。そこでピカデリーのティケットブースまで行き、錆びついた英語を駆使し、ロイヤルシェイクスピアプレゼントのミュージカル、Matilda(マチルダ)の水曜夜のチケットを買った。

チケットブースには、ひっきりなしに多くの国からの芝居好きが列をなしていている。英国人のみならず、世界中の英語を理解する(英語が理解出来なくてもミュージカルなら何ら問題なく楽しめる)芝居好きが、ウエストエンドの芝居小屋の観客席を夜毎埋めているのである。

夜の9時前観劇を終えた娘と行った古いパブ

チケットをゲットした後、ハリー・ポッターの第一部を観終えた娘と合流し、古いレストラン&カフェでティータイムを(円が弱いので全て高く感じるが、致し方ない。旅の時間はお金では買えない)楽しむ。

旅先のロンドンで娘と思わぬ会話ができたのも、嬉しく、良かった。照れてなかなかこのような話は日本では持てない。旅の良さである。

娘は第二部へ。私は娘に頼まれ、夕食を食べるための有名なパブを探して予約し、ナショナルギャラリーへ。午後7時の閉館までいて、そこから歩いて思い出の(記憶のなかの本当のウオータールーブリッジは記憶のままに在った)ウオータールーブリッジを対岸迄歩くと、記憶のままにナショナルシアターが在った。夕闇迫るテムズ川に面したナショナルシアターのレストラン、劇場はお休みだったが多くの人々で賑わっていた。

ティータイムで食べたチーズ

橋を挟んで、ナショナルシアター(NT)とロイヤルシェイクスピアカンパニー(RSC)当時の私が最も足しげく通った劇場だったので、思い出を生きる老人としては、一人感慨に耽った。そこからゆっくり引き返し、歩いて50分くらい、娘のハリー・ポッターの終演時間に合わせ、散策しながらパレスシアターに向かった。午後8時45分娘が出て来た。

楽しかった様子が顔に表れていた。お腹がすいた娘とパブへ。最後の夜、ビールで祝杯。食事を済ませ、テスコ(有名なスーパーー)で買い物をしてすぐ側のトッテムハムコートの地下鉄、エリザベスラインで直通で30分、アーリングブロードウェイに、午後10時に宿に着いた。シャワーを済ませすぐに横になった。娘も手早く手荷物をまとめていた。

PS 2日良く歩いている。ぐっすり寝ている。さて、そろそろチェックアウトしハマースミスに移動する。取り立てて予定はない。が、歩ける自由を楽しみたい。

2026-08-16

8月16日午後、朝の続きの五十鈴川だよりをロンドン中心部、レスタースクエアのパレスシアターの側のマクドナルドで打つ。

 ここからは、パレスシアターの側のマクドナルドで打っている。昨日の大英博物館からの続き。やく25分、博物館から中華街まで歩いていたら、娘が観る予定のハリー・ポッターが上演中のパレスシアターが偶然みつかった。(おかげで今日すんなり来れた)娘はすっかり安心して喜んでいた。午後5時過ぎ、中華街のレストランで、早めの夕食をとる。(春巻き、レンコンの炒めもの、酢豚、チャーハン、飲み物は娘が暑いお茶、私はビール)、美味しく完食、食べ物はシェアした。半分ずつで十分足りる量である。

グローブ座の雰囲気青空が見える

食べ終えて、腹ごなしをかねてウエストミンスターまで歩く。娘は初めてのロンドンを良く歩いて、観光を楽しんでいる。ウエストミンスターを見上げ、ウオータールー橋に出て、しばしテムズ川を眺める。思い出のウオータールー橋、ウエストミンスター界隈は、私の思い出をまたもや打ち砕くのに十分なほどに、観光客でごった返しており、高齢者の私を驚かせた。

でも移り変わるのが、世の習いと厳粛に受け止め、そこウエストミンスターから地下鉄で、昨日の最後の目的、シェイクスピアの[お気に召すまま]が、上演中のグローブ座へ移動した。シェイクスピアが生きていた当時の劇場が忠実に復元されている。

その劇場で、娘とW.シェイクスピアのお気に召すまま、を観劇した。たまたま運良く、49年ぶりにお気に召すままを娘と共に、観劇出来たことの幸運を記しておく。開演午後7時半、幕間休息20分、終演午後10時15分。外に出ると、夜の帳が降りて、対岸のセントポール寺院がライトアップされ、娘とロンドンの夜景を川辺りを歩き、橋を横断し地下鉄の駅まであるいた。地下鉄の終点がアーリングブロードウェイ、ホテルに着いたら午後11時半を廻っていた。午前0時過ぎ、ロンドン初日の旅をおえた。

グローブ座の夜の外観

PS 現在16日午後1時、娘の観るハリー・ポッターの一部の開演時間である。終演は3時40分、それまで私はぶらぶら過ごす。娘は第二部、夜も観るので、一部と二部の間にお茶をする。娘が言葉に不自由しないので、老人の浦島太郎は大助かりである。

が、明日から5日間は一人なので、ちょっとさみしいが、これもまた老いの身から出た修養の、仕舞い支度の旅と覚悟を決め、その日、その日を綴りうちたい。明日からは気持ち中心部に近い、ハマースミスに宿を変える。基本、昔よくいったところを散策し、夜は何本か芝居を見たり、思い思いの一人時間を過ごしたいと思っている。

これをアップしたら、娘が観劇しているハリー・ポッターの第一部が終わるまで、レスタースクエア界隈をぶらつくことにしている。