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2026-07-25

酷暑の夏、与えられた夏休み旅行を前に思う、今朝の五十鈴川だより。

 酷暑、熱中症警戒アラートが発令されるなか、何とか持ちこたえ、五十鈴川だよりを打てる朝がきた。命の危険があるとの報道の最中、この年齢でアウトドア労働をする私を、妻は限りなく心配するが、もうやれないという判断は私がする。それくらいの矜持は持っていたい。

網戸にへばりつく今朝の蝉

世間では酷暑、酷暑との報道がかまびすしい。(もっともっと他に伝えて欲しい報道があまりにも少ない、正直NHKを始めとするメディアには失望している)私は栄養をよく採りよく眠っている(眠れる)おかげで、体調は五十鈴川だよりを打てる程に元気である。

昨日出来たことを今日もただやる、こなすだけである。のろけ承知で打つが、妻が私の体調管理に気配りしてくれているので、生きていられる。

中世夢が原から本格的に34年、一貫してのアウトドア労働に勤しんでいるからこそ、きっとこの年齢でも動けているのだとおもう。昨日今日身につけた動きではない。すぐ役に立つことはすぐ役に立たなくなる、との言葉がある。頭が忘れても体は覚えている。だからやれている現実がある。

この熱暑のなか、外で働いている高齢者を様々な場所で私は見ている。ゴミの収集車、ドライバー、工事関係者、農業従事者などなど、枚挙に暇がないほどに、報道されないところで人間はどっこい生きている。

その事を私は知っている。みんな日々踏ん張って生きている、のだ。報道されない庶民の生活に想像の羽を拡げる。一日一日みんな凌いでいる。その事の尊さを想う。太古から人は生活し、子育てし、命を終えてきた。永遠の一瞬、蝉の一生と変わらない。そして後は、けせらせら、なるようになる真実に従う。蝉が夏を彩るように、私の老いの夏をささやかに楽しみ彩りたい。

話を変える。来月7日から夏休みである。今年の春頃、レイさんがドレスデンに里帰りする夏休みに私も同行する旨を伝えた。前回も触れたが、もう後期高齢者、右往左往生きてきた我が人生、ようやくにして静かに、穏やかに生活し(一日でもながく労働しながら)、そして体と心に刺激をいただける、老いの時間に重きを置いた生活にシフトすることに決めたのである。

桑江良健さんに頂いた絵画

一年に数回、特に夏休み、どこか涼しいところで、集中して読みたい本が読めるような、わがままな、学び時間環境に、身をおきたい願望が強まる。ふるさと、北海道、東北、行った事のない場所で過ごしたいのである。お粗末だが、昨年まであまり年齢のことを気にしなかったのだが、明らかにもう私は充分に老人なのである。

世の中元気な高齢者ばかりにスポットが取り上げられる傾向があり、長生きをやたらに奨励する、ように思える。誤解されても構わないが、私はあくまで自然の摂理に従いたい。役目を終えたら蝉のように、というのが理想である。

いささか矛盾するが、労働出来なくなったら隠居したい。静かな隠居生活にあこがれる。その為に一年でもながく労働し、四畳半生活で足りるような暮らしにあこがれる、現在の私である。

2026-07-22

暑中お見舞を申しあげます。この酷暑の夏に夏休みがもらえる、そして想う五十鈴川だより。

 今年から体のことを考えて、水曜日はお休みすることにしたのが効をそうしている。管理の裁量を任せて頂いているおかげで、相棒とのあうんの呼吸で、お互いに譲り合って、仕事時間が調節できるのが一番に有難い。

8月7日から、2週間強、夏休みをとり、ドイツはドレスデン(娘の結婚式以来)と初めての異国、25歳のとき、一年4ヶ月生活したロンドンに一週間旅することにした。

下記に記します。

丸々、2週間以上の夏休みをとるのは、いつ以来か。ひょっとしたら岡山に移住してからは初めてかもしれない。詳細は割愛する。ある種の巡り合わせ、ピーンと来る感覚が健在なうちに行動しておかないと、絶対的に悔いが残るということを、古希を過ぎ意識しつつ生きている。(岡山移住後34年のご褒美旅行である)

そして今年はその事を、一段と痛感しつつ日々を過ごしている。(つもりである)おかげで日本の酷暑を避けての、思わぬ夏休みがこの年齢で過ごせる事の幸運を、すなおに心から嬉しく思う。

そして思う。もうそろそろ、毎年幾ばくかの長期夏休みをとりたいなあ、と想う自分がいる。世の中に出て56年、この年齢まで、在りがたき人生時間を右往左往生きてきた、これたのだから、我が命と心を静かに過ごす時間を、酷暑の間は避けて過ごすわがままな時間が持ちたくなったのである。

そうなると、これからの人生時間の夏休みがとても楽しみになってくる。それを有意義実現するためめに一番に必要なことは、健やかな体のキープと、少々のお金である。そして想う。人生のいよいよの晩節を、時折共有できるような友達に巡り会えるかどうか、はおそらく自分自身のこれまでのすべてが、集約されたかたちで現れてくる。(ようにおもえる)

生活全般を見直し、整理整頓を今年から本格的に進めている。人、本を始め、手離せない関係性を持続、もっと正直に打てば、気心を共有できる私にとって魅力的な人との時間を大一義に生きれば、全ては足りるという心境である。

パンフレットに記された作品名


そのような心境に至りつつある今、ウカマウ集団のフィルム作りに45年以上、今も関わり続けて来られた、太田昌国先生と出会ってしまったこの夏は、私の人生の総決算を、嫌でも見詰めずにはおかない。(いられない)

ホルへ.サンヒネス、ベアトリス.パラシシオスとの、奇跡的出会いから、45年以上の、国籍を越えウカマウ集団のフィルム作りに、金銭的にも、精神的にもバックアップ、伴奏されるその軌跡の物凄さは私を圧倒する。友情の深さには畏敬の念を覚える。

生きているうちに少しでも学びたい。ミーハー老人の私に何が出来るのかは分からないが、ささやかな企画者の総決算(小さい一滴企画)最後の企画に最もふさわしい、見たこともないフィルムに出会ってしまった事実に、企画者として忠実で在りたい。

PS 太田昌国先生の本を読んでいたら、海堂尊さんの本が記されていたので、写真が後先になったが、ゲバラ覚醒を先に読み終え、昨日からゲバラ漂流を読み始めた。フィクションだが、知らないことばかりで、想像力が刺激され年齢を忘れぐいぐい引き込まれる。旅の最後、親友ピヨートルが地雷を踏みいきなり死ぬ、老いの身に涙が。胸が締め付けられる。巻末に記されている資料の本は圧巻である。ゲバラが生きた時代のことを知ることは、現在を知ることにつながると確信する。老いたりとはいえ、わずかでも学ぶ大切さを学ぶ、酷暑の夏である。

下のの写真は先の上映会で求めたもの、これほど充実したパンフレットを他に知らない。ウカマウ集団のアウトラインが分かる。とにかく全作品を観たく思う。

2026-07-19

猛暑に対抗する熱さを。蝉の声、聴きつつ念う、老いの夏。今朝の五十鈴川だより。

 打ちたくはないが暑い。でもお休みだし、気分をあげてゆくためのルーティン五十鈴川だよりを打ちたい老人の私がいる。目の前には、送られてきた7月13日と15日の長周新聞が置いてある。長周新聞を購読してもうすぐ半年である。何度も打っている。わずか4ページの新聞は私の無知を知らしめるのに、充分である。

下記に記します。

高齢者生活の内面への刺激という意味において、今やこの新聞は私にはなくてはならない。数年前まで、大新聞を長年購読していてもウカマウ集団のフィルム創りのことは知らなかった。

多分掲載されることはあったのだろうけれど、記事が多すぎて、怠惰な読み方しかしなかった私の目が捕らえる事が出来なかったのだろう。

それとやはり、私の感性のアンテナが錆び付いていて、あまりにもの問題意識の欠如と、地政学的に遠い世界へのの無関心である。

日々の生活に、企画者としての感性が磨耗、埋没していたのだ。しかし古希目前のコロナウイルス感染症で、世界の価値観(私の価値観も)が揺らいでゆくのを体感し、私自身が大きな手術を経験し、この5年で3人の新しい命、孫との出会いが、根底から現在の私自身に反省、自省を強いたのである。(幸福とは何か、根底から今も思考し続ける、世界の不条理や理不尽への無関心は、おそらく自分自身への無関心でもある)

臆面もなく綴れば、謙虚に反省する体と心がかろうじて在ったからこそ、長周新聞に熱く反応したのだと想う。何故、お金、経済的にならない営為に自主企画を続けてきたのかを打つのは、五十鈴川だよりでは控えるが、いまはただこの新聞に、この年齢で出会えた事の幸運をのみ打っておく。

話は変わるが、今大地震で大変な状況にあるヴェネズアラ、(現職大統領を拉致するという信じられないアメリカの横暴、石油利権の)そのヴェネズアラが今年の野球のWBC で優勝した際の、あの熱狂的な選手達の歓喜、臆面もなく涙を流して喜ぶ姿に私はビックリした。

大リーグで活躍する多くの選手達が、アメリカを倒したときに見せた、あの子供のような喜びよう、うらやましいほどの純粋さは、何故かという疑問を私にいだかせた、のである。あのときすでに私は長周新聞を購読していた。以来中南米諸国の記事はきちんと読むようになっている。

この猛暑で、老いの体は日々生きるためだけで、エネルギーの大半を消耗している。が有難いとしかほかに言葉が浮かばないほどに、暑さに対抗する熱さ、未知のラテンアメリカ諸国の歴史、先住民の文化、アンデス世界を、我が人生で少しでも知りたいという欲求が、酷暑の夏を支えている。

先日も打ったが、正直このようなエネルギーが沸いてくるのが、不思議な夏である。でもまあ、深く考えるのはやめたい。我が体の自然な欲求に従いたい。わがままな企画者で在りたい、だけである。

PS 写真上は、2025年発行の、ウカマウ集団フィルムの、日本での45年にわたる上映交流記念パンフレットに寄せられた、ホルへ.サンヒネス(90歳を越えて現役である)のメッセージ。胸が打たれる。素晴らしい。

下の写真は7月13日日の長周の国際通信のボリビアの掲載記事です。



2026-07-18

来月7日から23日までドイツドレスデン、長女家族の里帰り夏休み旅に同行することにしました。そして想う今朝の五十鈴川だより。

 熱中症警戒アラートが頻繁に出る猛暑が続くなか、なんとか自分なりの体対策をしながら、今週も土曜日の朝をむかえ、五十鈴川だよりを打ちたくなる元気をキープしている。寝苦しい夜が続いているが冷房が苦手な私は、三方の窓を開け放し、時折の微風の気持ちよさ、扇風機だけでしのいでいる。

労働で体を動かすので、必然的に疲れる。だから眠ることが、私の健康法なのである。午後9時には床につく。すぐに睡魔がやってくる。五時間から六時間まず目覚めない。目覚めたら、あるルーティンをやる。するとまた眠りに落ちる。午後、労働を終え帰宅、すぐシャワーを浴び、涼しいところで、小一時間のお昼寝をする。平均8時間は寝ている。

まあ、そのようなペースで過ごしている。労働生活を、一年でも長く、というのが私の現在の望みである。そこがやれれば、今のところ他の事も、何とはなしに回転し、流れてゆく。気持ちか、体か、どちらも同じようにおもえる。五十鈴川だよりを打つこともそうだが、自分で自分をのせてゆく、というのが事のほか、私の場合大切である。

下記に記します

こうも暑いと、正直やる気も失せるが、そこをどうしたらいいのかを考える。ことほど作用に、後期高齢者が生活費を稼ぐと言うことは、生半可なことではなし得ないほどに、甘くはない。

年金生活だけでやりくりしていては、私の場合きっと、夢も希望もない生活へとシフトしてゆく。

だから、これまでの人生で身につけた、自分なりの方法で、古希以後の老いゆく体と自問自答の日々を過ごしている。

ややもすると過去の時分に引きずられたりもしがちなのだが、18歳から、状況に応じて、変化しつつ生きてきたせいだとおもうが、過去には(消せないにせよ)引きずられない。前を向くしかない。

さて、いつものように話を変える。来月、8日から23日までドイツ、ドレスデンに行く。長女家族、レイさんが2年に一度里帰りするのに同行するのである。短く記す。ドレスデンに行くのは、娘の結婚式以来、10年ぶりである。レイさんのご両親始め、90歳を過ぎて、お元気なおばあさん、ご家族に、元気なうちに会っておこうと思ったのである。

先立つ、元気な体と、少々のお金がないと、なかなか有意義な夏休み家族旅行に同行することは叶わない。そういう意味で、この猛暑の中でも得意なことで、年金以外の副収入が入ってくるのは助かる。些細なことであれ、日々の生活のなかに目標がないと、私はダメである。

2週間強のドレスデン滞在の半分、ロンドンまで足を伸ばす事にした。レイさんと娘が私の願いを聞いて、プランを練ってくれた。最初の3日間は娘も私を心配して同行してくれる。34歳のときアフリカにゆく前、ロンドンにストップオーバーしてから40年ぶり、25歳、最初のロンドン遊学滞在((一年4ヶ月)から、実に49年ぶりのロンドンである。

きっとあまりにもの様変わりに、老いた体が悲鳴をあげるかもしれない。がそれもまた良しである。五十鈴川から、ドレスデンのエルベ川、そしてロンドンのテムズ川へ。酷暑の夏、飛び立つまで凌いで、忽然と与えられし休暇(太田昌国先生の本とタブレット持参、読み学ぶつもり)時間、多分最後のロンドンへの旅になる。有意義な旅にしたい。

PS 今朝の写真は海堂尊著、[POLARSUTAR 、ゲバラ覚醒]です。太田昌国先生の本で知り図書館に行ったら有ったので、チェ.ゲバラ(あまりにも何も知らない)に関する歴史を知るために借りてきました。

本が読める間は、これからの時間、ラテンアメリカ大陸の国々の本を読むことに重きを置いた生活にシフトしたい。



2026-07-15

この夏、蝉の声を初めて聞き、暑さの朝に、もの想う五十鈴川だより。

梅雨明けと共に一気に高温多湿の、寝苦しい夏がやってきた。古希を過ぎこの夏の暑さを、いかに乗り越えるのか、が我が体の、オーバーではなく大きな命題である。アウトドア労働が好きであるとはいえ、この夏、この暑さでの、アウトドア労働は、忍耐の美学を通り越している、と時に考える。

次女の葉くんがマンションのエントランスで見つけたカブトムシ

だが私の選択は、一日一日やり過ごし、労働をする、だけである。万が一体が、サインを発したら、無理せず従う、というのが素直な今の気持ちである。

一つの羅針盤としての我が体、この夏を乗りきれれば、ウカマウ集団のフィルムの自主上映がやれるとの、希望である。かっこつければ、ギリギリを生きなければ企画をやる意味はない。

でも、鶏と卵ではないが、ウカマウ集団の自主上映をやりたいとの願望が、この例えようもない暑さを、凌ぐ大きな原動力であることは間違いない。どれだけの思いが我が体と心に在るのかを、何かに試されているかのようでもある。

倉庫の冷蔵庫の、妻が用意してくれた特性ドリンクを随時飲みながら、この2日間の暑さをしのいで水曜日朝、五十鈴川だよりを打ちたいという元気がある。その事が有難い。

話を変える。長周新聞の記事でウカマウ集団集団のフィルムについて知ったことで、にわかに我が生活に、何か新しい風のような、静かな息吹き、想像力の翼の広がりのような感覚が、老いて尚止まない。もっと打つなら、この上映会を持って、企画者を終えたい、と思わせるほどの、ウカマウ集団のフィルムにで会えたことの、幸運を噛みしめる夏である。

ウカマウ集団について、インターネットで検索すれば、情報は知る事ができる。が、私はよほどの事がない限り、インターネット検索はしない。私の情報は、体を通しての直接情報である。違う言葉で敷衍すれば、本能的昆虫感覚のような堪で、内なるなにかが蠢いたときにしか企画ができない。世間的に高評価の作品であっても、我が心が反応しなかったらできない。この夏、7月4日、私は太田昌国先生とウカマウ集団のフィルムに出会ってしまったのである。

少しずつ読み学びたい。


30代の終わり、まだインターネットなき時代、新宿の厚生年金会館初めて、西アフリカセネガルの音楽、ドゥドゥ,二ィジャエローズ率いる、家族の(30名位)太鼓、タムタタの演奏を聴いたときの衝撃は、一気に私を、アフリカは未知の世界へと運んでしまった。

以後、それぞれの年代で未知の世界へ、企画をすることで、結果的に無知を噛みしめながらの人生を現在も送っている、と言っても過言ではない。そして今また、来年は後期高齢者になろうかという年齢で、ウカマウ集団kのフィルムに企画者として熱く反応する体がある。

その事実の根っこを分析することには、全くわたしは感心がない。ただ素直に反応する。したいだけである。

ただ謙虚に思う。この年齢で、ウカマウ集団のフィルムに出会えたことの幸運は、この暑さを耐えさせてくれるに充分である。労働し、五十鈴川だよりを打てる間は、太田昌国先生の著作を入り口に、ラテンアメリカの歴史と現在について学びたい。



2026-07-12

初夏、鳥取の松田龍太郎さんから、本とお便りが届いた。そして思う今朝の五十鈴川だより。

 思わぬビッグプレゼント、本とお便りが、鳥取の松田龍太郎(実名でかまわないと了解してくださった)さんから届いた。

おそらく松田さんとの淡き交友も30年は経っている。40歳で中世夢が原で働き始め、ガンガン企画していたころ、どういう経緯で招かれたのかは分からない。出会いは倉吉で開かれたシンポジウムに何故か招かれたことである。

このようなリアクションを頂いたのは初めてである

以来、私が企画したイベントに度々足を運んでくださり、わざわざ鳥取から駆けつけるだけではなく、私の足をでる企画の支援カンパ依頼にも欠かさず応えてくださっている。

私にとっては稀なパトロン、大切なご仁である。一度ご自宅に招かれ泊まって、美味しい奥さまの手料理を頂いたこともある。

嬉しかったのは、私が読んで感動して五十鈴川だよりにアップした本[わたくし96歳、戦争反対]、森田富美子、母、京子、娘、共著、の本を読まれて、感動されたことが、直筆で記されていたからである。

謙遜でも何でもなく、個人的な、わがまま五十鈴川だよりを読んでくださり、コメントまでいただくことは極めて稀なことなのだが、コメントではなく、直筆のお便りと本まで送られてきたその事に、驚かされ、感動したのである。

日常生活の個人的記録、嬉しいこと、悲しいこと、気の塞ぐこと、自分で自分を鼓舞するため、自己慰撫、やり場のない思いを解消、ささやかな勇気獲得、家族の現在の記録、などなど、その日の気分で、特に古希以後、今も自由自在綴り打っているだけなのだが、松田さんのようにきちんと受け止めての、リアクションには、嬉しいのただ一言なのである。

私は松田さんがどのようなお仕事をされているのかを、つまびらかにはほとんど知らない。オムロンを早期退社、長いことコンサルタントを。現在は会社を立ち上げコンサルタント兼、社長をされているといった程度しか知らない。(我々の関係性においてそのようなことはあまりい意味をなさない、お互いにやってますなあ、という感覚は理屈ではない)

だが、我々の交友は切れることなく続いている。その事実のが五十鈴川だよりを打たせるのである。一言で言えば、全く利害関係がない。現代社会生活のなか、このような関係性が続いていることの不思議をきちんと打っておきたいのである。

それにしても有難い、と言うしかない。昨日打った、ウカマウ集団のフィルム自主上映について、私の高齢者企画を共生、共有する仲間としてお声かけしたくなった。昨日のお便りでその気になった。

誤解されてもかまわないのだが、ウカマウ集団のフィルム自主上映には、現代社会生活のなか、自分なりのものさし、問題意識を絶えず持ち続けている仲間と連帯したい、との思いが強く私にはある。そのような思いにとらわれるのを説明するのは野暮、控える。

一滴の念いを籠めた、高齢者集団の企画上映会がやりたい、とうすらぼんやり考えている。規模はどうでもいい。試行錯誤しながら、ウカマウ集団のフィルムに本質的に反応する仲間を秋までに、緩やかに募るつもりである。

2026-07-11

あの日のウカマウ集団の、自主上映の出来事が、西大寺にもどっても心を占める今朝の五十鈴川だより、

 東京から西大寺に戻った翌日から働き、土曜日の朝が来た。例年より早く梅雨明けし、いきなり夏がやってきた。そのなか昨日までなんとか労働した。古希を過ぎてからの四年間の酷暑の夏を我が体は良く持ちこたえている。先のことはともかく、一年一年しのいでいるだけである。だから今年の夏も、凌ぐだけの心づもりでいる。私の体の塩梅は、私のみが知る、と言ったところである。

しゃくとりむしのように早朝読み学ぶ。

先の上京で、ウカマウ映画集団のフィルムの(4作品)を見ることができた。74歳で、このような未知のフィルムをたまたま見る機会に恵まれ、その事をわずかではあれ、五十鈴川だよりを読んでくださっている方々に、お伝えできることが嬉しい。私が感動したり、知って心が揺さぶられたりしたことを、折々五十鈴川だよりでは書いて、打ってきたつもりである。

その事が、古希を過ぎてからの企画にも繋がっている。今朝は、この歳でまたもやの根元的な無知を、ウマカウン集団のフィルムを観たことで、心がざわついている、その事をとどめる、程度にしたい。のだが、その未だざわつく我が心のうちが花、その事実に素直に反応する、したいという心持ちが、五十鈴川だよりを打たせる。

7月4日、74歳、小平は学園坂スタジオでウカマウ集団のフィルムを観たことは、(後何年我が命があり、五十鈴川だよりが打てるのかは分からないが)おそらく、ラテンアメリカに関する、無知の扉を開く契機になる、そのことだけは間違いない。

私は理屈で動くタイプではない。ほとんど本能と直感でこの年齢まで生きてきた、来れた、平凡な一庶民である。そのような私なのだが、何故か長周新聞の記事に、熱く反応する自分がいたことで、ウカマウ集団のフィルムに出会えたことの幸運を、あれから一週間未だに噛みしめている。

あの日から、チビリチビリ、太田昌国先生のご本、[ボリビア.ウカマウ映画伴走50年]を読んでいる、労働の前、朝の涼しい時間に。あだやおろそかに読める本ではない。心血を注いでのウマカウ集団との交流[監督のホルへ.サンヒネス、プロデューサーのベアトリス.パラシオスとの交流には胸を打たれる]には奇跡的な出会いを感じる。人類の未来をも照らす、黙示録的な出会い、とでも言うしかない、ほどの出会いである。

このようなフィルムに巡りあった、幸運をとりあえず五十鈴川だよりにきちんと打っておく。一昨年の猪風来さんとのイベントを通じての再会、あじくーたー、桑江さんとの再会、沖縄、長周新聞Gさんとの出会い無くして、ウカマウ集団のフィルムを観ることは、決してなかったであろう。その事を思うとき、不思議な感慨に打たれる。

ゴーヤの花、夏がきた。

元気に動き回れる、私の人生時間は有限である。その事に思いを馳せるとき、直感力にすがり、ささやかに岡山でウカマウ集団のフィルム作品を、チビリチビリ、だが確実に自主上映したい、という気持ちを押さえることはできない自分がいる。時間的に思う。学びつつ、自主上映する。思いを箇条書きに書き留めながら、あくまでも冷静にことをすすめる。(信頼できる、私の仲間数人に相談したい、そこからゆっくり真夏の暑さのなか考えたい)

9月に東京、学園坂スタジオで二回めの上映会があるのでなんとか都合をつけゆくつもりである。できれば太田昌国先生ともその際に、再会、お話する時間を持ちたいと考えている。

先日の上映会で、先生のお話を、肉声を聴いたさいに、何かが蠢いたのである。先生は1943年の北海道、釧路のお生まれである。言うに言えぬ修羅場をくぐり抜けてこられた稀な方で在る。だが、その笑顔と、ユーモアに私は引き付けられた。(のである)。時間が無かったが、上映会後、先生の本を求め、著書にサインをして頂いた。未だミーハー老人を自覚している。