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2026-02-28

2月最後の土曜日の朝、千住真理子さんの(続ける力)という本にエネルギーをもらい、ボブ.ディランの詞の書写を始め、思う五十鈴川だより。

 土曜日、もう2月が過ぎる。今年は、その日暮らし老人生活を、今のところいい感じで過ごせている実感がある。打てる時に打っておく五十鈴川だより、日々感謝、ただそれだけである。当たり前、ある日突然五十鈴川だよりは終わる。だがその日までは打ちたい。打ち続けたいという願望が消えない。


さて、いまだ労働者として、副業で日々の生活の幾ばくかの糧を得ている身としては、健康こそが全て、そのコンディション調整こそが、今を生きるその日暮らし生活者としては、第一義である。健康が損なわれたら、五十鈴川だよりは打てなくなる。

統計というものによれば、いま男性の健康寿命は73歳あたりであるとのことである。私はすでにその年齢を過ぎている。そういう意味ではありがたき日々を私は送っている。

ところで、昨年秋千住真理子さんの、続ける力(その事は書いている)という本を読んで、痛く感動した。(今も手元にある)

長くなるので簡略に打つ。真理子さん(と呼ばせていただく)は私よりも10歳年下である。生まれ落ちた時代も環境も、すべてのことがあまりにも異なる。私はヴァイオリンに触れたこともない。だが事実打たれた。別世界を生きておられる方の本を読んで、何故私が感動するのか、を縷々説明するきはおきない。

本を読んだことで生まれて初めて、千住真理子さんの演奏を、昨年11月8日東京の八王子で聴いたときの私の驚きは、すでに五十鈴川だよりに打ったので割愛する。日々謙虚に修練する、続ける、続けられるその泉のようなエネルギーの源を、続ける力のご本のなかで、赤裸々に吐露されている。

私は若い頃から、持続力が、限りなく乏しく、世の中に出て飽きっぽい性格の自分を時にもて余し、苦く暗い青春の日々を送っていて、20代の終わり、このままでは駄目になるという、言うに言えない感情におそわれたことをいまだに私は忘れない。割愛するが、自信が湧いてきたのは富良野での労働体験以後、30歳を過ぎてからである。

ところで、千住真理子さんは一度ヴァイオリンを二十歳の頃手放されたことをご本で知った。天性のヴァイオリニストにしても数々の試練、挫折を乗り越えて現在がある、のである。

今現在も智力、体力を研ぎ澄まし、鍛えておられ、プロの水面下での日常がユーモアをもって綴られている。真理子さんのご本は、今を生きるすべての人に開かれている。その日暮らしの老人にも、限りなく勇気を与える。

その日暮らしの充実を図るために、一日でも長く肉体労働従事者で在りたい、との覚悟が深められたのは、千住真理子さんの本を繰り返し読んでいるからである。その本に触発され、この数年、折々続けていた、好きな言葉や文章の書写を、本格的に2月16日から始めた。

2月20日から時間を見つけて、ボブ.ディランの詩、歌詞を書写している。200以上はある歌詞を書写するのにはかなりの時間がかかる。だがもう決めて、手は動き、すでに全360ページの130ページまで進んでいる。わくわくすることは続けられる。

全く未知の、別世界の方のご本から、このような刺激を受けるとは思いもしなかった。そのような体、いまだどこかわくわくする心を老いてますます大事にしたい。さて、思い付いて始めたボブ.ディランの書写、いまの時代を予見するかのような、歌詞の内容のそのすごさは時代を鋭く撃つ。そして時代をこえる。書写しなかったらボブ.ディランの詩にも出会うことはなかった。

PS 今朝の写真は三鷹の娘のマンションの入り口に聳えるヒマラヤ杉の写真です。撮影者は長女の旦那さんのレイさん。彼は写真のセンスがいいので、時折五十鈴川だよりに載せたいとおもいます。

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