2026-02-11
徒然、お金では買えない世界の、目に見えない世界の、ワンダー(フル)な芽吹き、宇宙感覚、感性を孫たちに伝えたい、お爺です。
さて、選挙が終わり、意外なほどの圧勝で自民党の票が伸びて過半数を大きく上回る結果となった。私は一庶民、ひとりの老人であり、その事実にコメントする、気力も関心も持ち合わせてはいない。やがては時がすべてを物語るというにとどめる。
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| 今はなき生家の前で晩年の両親 |
ただひとつ、老婆心ではなく老爺心としてきになったのは、働いて働いての高市さんの連呼である。私は思う。昭和27年生まれ(終戦から日本が再び独立をした歳に生まれた)明後日74歳を迎えるが、おおよそ物心がつくころから55年の世の中の推移を、そのかなりの渦中を生きてきて思うことは、いかに人心が時代の流れに、流され身動きが取れないほどに取り込まれてゆくのかという現実である。
今も東京一極集中のながれは止まず、地方は超高齢化、なんとも嫌なことば、限界集落、まばら田舎は超過疎地で、日本の根源ともいえる水田風景景観は寂れゆく一方である。
一言でいえば、全てはお金がないと不安であるという構造に投げ込まれているからなのであるという認識しかない。私には経済のことは(株価の上下などほか一切合切)。だから世の中に出て、働いて入ってくるお金で何とかみすぎよすぎ、今現在もそのような塩梅なのだが、果たしてお金とはなんなのであるのか、高市さんの言葉の逆で、考えて、考えて、考えてみる、、、。といったことも私の場合は必須である。
入ってくるお金を、大事に無駄遣いをできるような経験をしたことがないのでよくはわからない、というのが正鵠を得ていると思う。世の中に出てから、今にいたるも、お金では買えない、もっといえば見えないけれども、いきてゆくのには絶対に必要な、心を穣にしてくれる世界のほうに、感性のアンテナを磨くように、小さな器で生きている。
だからなのだとおもえる。今も足りる幸福感にひたれるのは。家族。大切な友達。安心して眠れる場所、食べ物、私が高齢者でも働くのは、働けるからであり、出会えた大切な家族や友達と過ごしたいからである。好きなことで未だ実入りがある。なんとありがたいことか。
話をもどす。両親が他界して50歳を過ぎてから、過疎かする一方の我がふるさとに年に数回必ず帰っているが、命の終わりをいやでも見据え、考えるようになってきて思うことは、お金では買えない、五十鈴川や、小倉が浜のあまりのすばらしさである。
高度経済成長からバブル崩壊までの、18歳から40歳までを東京ですごし、その後岡山で今まで生きてきて思うことは、お金では買えない世界の豊かさのきづきである。お金がなくても、五十鈴川は夏はいつでも泳げる(昔はプールはない)。小倉が浜では一年中サーフィンができる。
コカ・コーラが入ってくるまでの私の小学生の頃まで、砂浜にはゴミひとつなかった。人心も限りなく穏やかで、貧しくも私が小学校への往復路で(四キロ)出会う、お百姓さんや、漁師さん、鋳掛けや(割れた鍋を修理してくれる)さん、鍛冶屋さん、畳屋さん、床屋さんやなどなど、のどかそのもので、おおらかで、子供心に、毎日が魔法のように面白く愉しかった。
家には怖い父がいて、慈母のような母、想えば名コンビである。幼少期に辛いばかりの記憶しかなかったら、気の毒というしかない。幸い、貧しかったけれど、飢える事は無かったし、川には魚や、川エビ、大漁だと漁師さんがただで魚をくれた。山野にはワラビや、ぜんまいなどの山菜、木苺、山柿、山芋、などなど。
国豊かになり。あまりにも管理され、自然との付き合い方を現代人は忘れてしまった。山河は荒れて、子供たちは時に過酷で厳しい自然と真剣に対峙することがもうほとんどなりつつある。が私はけっして失望はしていない。我が孫たちと触れあっていると、全く子供は変わらないということがわかる。だから努めて、東京でも岡山でも、自然のなかに努めて連れ出す。自分の五感、体で自然と一体化してたくましく育って欲しい。
このようなことを綴っていたら、またもや小倉が浜に帰りたくなってしまった。一年でも長く、小倉が浜にたち、波と戯れ、五十鈴川で下半身浴に興じる年寄りの姿を孫たちに遺したい。

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