ちょっと今週は頑張って働き、嬉しい土曜日の朝が来た。立春が過ぎ、気持ち夜明けが早くなってきた。とはいっても今夜から平地でも雪が降るとの予報、北国の人々の生活のご苦労を想うとき、わたしは宮崎に生を授かった、ありがたさを思わずにはいられない。あの途方もない忍耐力は雪国、寒冷地の風土がもたらした、力であると認識する。
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| 30年前、初めての沖縄で求めた良健さんの画 |
話題を変える。五十鈴川だよりにちょっとした異変が起こっている。チョンダラー長崎公演を終えて、新鮮なうちにと、私には頑張って、労働のあと2月2日に、私なりの一部始終を記録し、なんとかアップした。
桑江純子さんに読んでもらいたくメールしたところ、なんとも身に余る(これまで頂いたメールでもっとも嬉しい)お言葉を2通頂いた。
私の五十鈴川だよりにはほとんどコメントが入らない。が、まる13年五十鈴川だよりを綴ってきて、初めていきなり4人ものかたから、有り難いコメントをいただいた。
そのコメントは先の長崎公演の裏方ワンチームから頂いたものである。そのことの嬉しさは、同士的結びつき、一朝一夕には生まれない類いの何かである。
それは、齢あとわずかで満74歳になる私に、大いなる、これからどの方向に向かって歩を進めて往けばいいのかの示唆を与える。老いゆく未来の明るさをあのワンチームは照らす。大変貴重なひとときを、チョンダラー長崎公演の裏方、ワンチームと過ごした(せた)幸せがいまだに私を包んでいる。(あの面面と未来について語り合いたい、何かがあの面面となら起きるように思えるのである)
一糸乱れぬ、あうんの呼吸で全てが進行してゆく気持ちの良さを私は体験、体感した。この気持ちの良さは、一体全体何処から生まれてくるのか。揺るがない信頼感に支えられた、真の意味でのイベントを、かじまやぁのお二人は果てしなく持続してきたのである。その厳然たる事実の重さに、脱帽、感動する。
そして、考える。思う。動かない限り人は出会うことはない。現世に、私自身限りなく縛られて、時に身動き出来ないほどにガンジガラメなのではあるが、やはり縁(えにし、よすが)に時折ジャンプする勇気を持たないと、意外性は生まれない。意外性こそが芸術の真髄である。老いて守りに入るのは愚である。かけがえのない人に会いにゆく。これこそが宝でなくして何の人生、喜びか。チョンダラー長崎公演のワンチームで、謎のような気持ち良さに私はおそ(教)われた。
その謎を、今私は年齢をしばし忘れて、少しでももっともっと知りたい、のである。古希を過ぎて、またもや懲りずに企画を始めた私だが、可能ならあのワンチームのような企画を、と夢みる。
お二人に出遭って30年になるが、裏方として参加したことで、あらためて私は本質的に、お二人が心血を注いできた、かじまやぁ(52年の歩みの重み、凄さに)に出会ってしまった、のである。(もう年齢的に怖いものはなにもないので何でも打つが)地に足のついた、根のあるイベント、企画には(私が知らないだけである、と思うけれど)この数十年ほとんどお目にかからない。
数多の根のない、造花の(もっといえば消費するばかりの根のない、関係性がふかまらない、つまりは人間力が乏しい、痩せたイベント)無味乾燥なイベントには、もう私の感性は閉じている。かじまやぁはほとんど自力(地力)根がある、何よりも体の力、夢の創造力でもって、子供たちの想像力、 未来に働きかける。かじまやぁにあやかり、老いの花を今しばらく夢見たい。
年上の凄い先輩、猪風来ご夫妻、今年は早々に桑江ご夫妻、本質的に再会できた重み、幸運を五十鈴川だよりに綴りうたずにはいられない。

沖縄の杉本(次女)です。2/2の五十鈴川だより、感動を噛み締めながら読みました!詳細に書いてくださり、いつでもあのかじまやぁ公演を思い返せるので嬉しいです^^
返信削除30年前の良健さんの絵、とても良い絵ですね。
かけつけた皆さん各々が、前を向き、前進する力をもらったと思います。いつの年になっても、次のステージへと、挑戦は続いていきますね💪