もう暑いなんてことを書くのも嫌になるくらい 暑い日が続くこの夏であるが、耐えるいしかない。
まさに、先日も書いたがリアの【忍耐の鏡となって見せよう】という言葉がひときわ沁みる夏である。
でも何故か今年の夏は、厳しき夏がひときわ沁みながらも、個人的にはその夏をプラスにすべく、知恵を絞りながら生きている。
元気に声を出すためには、まず体力があっての気力である。とにかく18日まで体調管理を先ず自分自身でしなければならない。私はいきなりだが決めたのである。自分の食べるものは、自分で調理することにしたのである。
幸い妻が不在の今、自分のことは可能な限り自分ですることに決めたのである。いろいろなことが重なってこのような思いに至っているのだが、それはおいおい書ける範囲で 書ければいいし、ことさらに書く必要もない。
ともあれ、今日もスパイシーなカレーを昼間に作ってあるので、五十鈴川だよりを書きあげたら、食するつもりである。
あの暑い邦、インドが生み出した偉大な料理カレーは、暑い夏を乗り切るためには、私にとっての必須アイテム料理の一つである。
ところで、今日は敗戦記念日、(何故か終戦記念日ともいう)そして世の中はお盆休み、妻は不在で4日目の夜である。
一人、先の大戦でお亡くなりになったあまたの死者と、先祖に想いを馳せ お線香をたてた。自分が歳を重ね、死者の側に近づくにつれて、より真面目にというか、真摯に手を合わせるのは、年の功であるというしかない。
すべてのことをわずか数日ではあるが、一人でやってみて何か新鮮な感覚を味わっている。肌着やその他の洗濯物も、お風呂に入った際に手もみで洗って済ませている。
機械や便利なものに頼らなくても、まずは自分でやれることは ほとんど自分で済ませられるということが、実に新鮮である。
リア王の発表会まであと3日、お盆の中日忙中閑あり、今宵だけはリアの台詞を しばし忘れて過ごすことにしました。
2018-08-15
2018-08-12
星野道夫さんの文章、写真集が沁みってくる夏。
今夜からしばらく一人の生活、妻がお盆休みに入り、長女のところに上京したからである。
犬のメルと、猫の花がいるので一人きりという感じはあまりしない。自分でも信じられないくらい、静かな暮らしを心かけている最近の私であるので、これをよりいい機会ととらえ、妻に頼らず一人でも生きられるようにするべく、修行したい。
子育てを終え、林住期から遊行期に移行する人生のこの季節、すべては移り変わりゆくのであるから、夫婦といえども人生の終点を見据え、お互いを理解すべく想像し、相手の負担を減らす生き方を心がけたい、との思いは深まる。
話題は変る。この数日、星野道夫さんに関する本を読んでいるが、氏が私と同じ年であることを不覚にも知らなかった。
1996年、8月8日に 不慮の死で亡くなられて早、22年の時が流れている。たまたまに過ぎないが、数十年ぶりに氏の著作や私が持っている氏の写真集を、再び手にしたのが命日であった。
ことさらに符号のようなことは思いもしないが、とはいうものの、あの天才的な生き方、お仕事をされて、あっという間に44歳で他界された氏のなされた、遺された御本の文章が染み入ってくる夏である。本当にすごい人のお仕事は時代を超える。
田舎者、というといささか自虐的な響きが無きにしも非ずだが、私は本当に田舎者である自分をどこかに愛おしんで余りある田舎者である。田舎に生まれて本当に良かったと思う。心から還るべき場所が、帰りたい空間がある。有難い。
今宵は、独り身の気ままさ、あらぬよしなしごとを綴りたくなるのをぐっとこらえながら書いているが、 五十鈴川に還れないほどに老いてしまったら、早い話五十鈴川だよりのタイトルは変えないとまずかなあ、などと考える自分がいるが、その時はその時、今を生きることこそが肝心である。
犬のメルと、猫の花がいるので一人きりという感じはあまりしない。自分でも信じられないくらい、静かな暮らしを心かけている最近の私であるので、これをよりいい機会ととらえ、妻に頼らず一人でも生きられるようにするべく、修行したい。
子育てを終え、林住期から遊行期に移行する人生のこの季節、すべては移り変わりゆくのであるから、夫婦といえども人生の終点を見据え、お互いを理解すべく想像し、相手の負担を減らす生き方を心がけたい、との思いは深まる。
| 私は運動公園のヒマラヤスギの木陰で声を出す |
話題は変る。この数日、星野道夫さんに関する本を読んでいるが、氏が私と同じ年であることを不覚にも知らなかった。
1996年、8月8日に 不慮の死で亡くなられて早、22年の時が流れている。たまたまに過ぎないが、数十年ぶりに氏の著作や私が持っている氏の写真集を、再び手にしたのが命日であった。
ことさらに符号のようなことは思いもしないが、とはいうものの、あの天才的な生き方、お仕事をされて、あっという間に44歳で他界された氏のなされた、遺された御本の文章が染み入ってくる夏である。本当にすごい人のお仕事は時代を超える。
田舎者、というといささか自虐的な響きが無きにしも非ずだが、私は本当に田舎者である自分をどこかに愛おしんで余りある田舎者である。田舎に生まれて本当に良かったと思う。心から還るべき場所が、帰りたい空間がある。有難い。
今宵は、独り身の気ままさ、あらぬよしなしごとを綴りたくなるのをぐっとこらえながら書いているが、 五十鈴川に還れないほどに老いてしまったら、早い話五十鈴川だよりのタイトルは変えないとまずかなあ、などと考える自分がいるが、その時はその時、今を生きることこそが肝心である。
2018-08-11
リア王の発表会まであと一週間、そして想う。
今夜は弓道教室の日であるのだが、自主的にお休みをした。その代わりといっては何だが、午前中たまたま私一人だったが自主稽古をしてきた。
このところほとんど弓道のことを書いていないが、私なりにささやかに素引きの自主稽古だけは、ひっそりと続けている。
シェイクスピア作品を声に出して読むことが、陽の営為だとすれば、無言で自分と向かい合う弓の稽古時間は陰の営為とでも呼びたいほどに、今の私の生活の中での、両輪とでも呼びたいほどに情熱が傾けられる大切な時間である。
今夜お休みしたのは、リア王の発表会が来週に迫っているので、リア王に集中したいとの思いが優先している、 ただそれだけのことである。
ぶきっちょな性格のわたしとしては、同時にあれもこれもはダメなのである。還暦前であったなら出掛けていたかもしれないが、早い話、いい意味で自分に正直に無理をしなくなったのである。
ところで、世の中はお盆である。私の中にもお盆休みが必要であるとの、内的な声はあるのだが、リア王の発表会を終えるまでは、私にはお盆における、ご先祖との対話は今しばらくお預けである。
今日は、朝と夕方2回リアの3幕までのセリフを運動公園で繰り返しなぞって、一人稽古した。有難いことに、汗の出る体をどこかに感謝しながら、かぼそい66歳の体にリアの言葉を響かせる。
蝉の音に呼応するかのように、自分が蝉化するかのように、夏の声を、狂うほかには道はないかのような、追いつめられたリアの台詞を声に出す。
あの心が通い合わぬ切なさ、こころがすれ違うやりきれなさ、老いの無残さは、きっとやがて我が身にも訪れるに違いない、それを迎える胆力を養うにはいかに生きればいいのか。
だからなのかもしれない、リアの言葉を繰り返し、畳み込むかのように反復練習して倦まないのは、今声が出せる幸福があるからだ。18日が終われば、ささやかに、旅をしながら故郷を目指そう。五十鈴川に身を横たえ、ゆっくりと休もう。
このところほとんど弓道のことを書いていないが、私なりにささやかに素引きの自主稽古だけは、ひっそりと続けている。
シェイクスピア作品を声に出して読むことが、陽の営為だとすれば、無言で自分と向かい合う弓の稽古時間は陰の営為とでも呼びたいほどに、今の私の生活の中での、両輪とでも呼びたいほどに情熱が傾けられる大切な時間である。
今夜お休みしたのは、リア王の発表会が来週に迫っているので、リア王に集中したいとの思いが優先している、 ただそれだけのことである。
ぶきっちょな性格のわたしとしては、同時にあれもこれもはダメなのである。還暦前であったなら出掛けていたかもしれないが、早い話、いい意味で自分に正直に無理をしなくなったのである。
ところで、世の中はお盆である。私の中にもお盆休みが必要であるとの、内的な声はあるのだが、リア王の発表会を終えるまでは、私にはお盆における、ご先祖との対話は今しばらくお預けである。
| 可能なら帰省の旅で、行ってみたい高津川 |
蝉の音に呼応するかのように、自分が蝉化するかのように、夏の声を、狂うほかには道はないかのような、追いつめられたリアの台詞を声に出す。
あの心が通い合わぬ切なさ、こころがすれ違うやりきれなさ、老いの無残さは、きっとやがて我が身にも訪れるに違いない、それを迎える胆力を養うにはいかに生きればいいのか。
だからなのかもしれない、リアの言葉を繰り返し、畳み込むかのように反復練習して倦まないのは、今声が出せる幸福があるからだ。18日が終われば、ささやかに、旅をしながら故郷を目指そう。五十鈴川に身を横たえ、ゆっくりと休もう。
2018-08-10
不義理を生きる覚悟を育む、酷暑の夏の読書。
長崎に原爆が落とされた日に、沖縄の翁長知事がお亡くなりになり、また、俳優というよりも、役者だなあといつも感じ入っていた津川雅彦さんもおなくなりになった。
死というものは、そっと忍び込みあっという間に、その人の存在を不在にする。私が五十鈴川だよりを書きだしてから、この間、私が少年期から青年期にかけて瞼に浮かぶほどに、影響を受けた多くの方々が、年々その姿を見ることがかなわなくなってゆく。
昨年までは、なんともやるせない思いにとらわれたりもしていたが、今年から急に何やら恬淡として受け容れるというのか、摂理として受け止める感じ方の方が強くなっている。
死というものを特別なことではなく、当たり前の普通の自然なこととして、認識したい、するのだという思いがつよくなっている。
節目というが、いろんな意味で個人的に節目の年という気が、特に今年はする。これまでの自分とは、あきらかに変わりつつあるという自覚の深まりを感じる。
これまでかなり情熱を傾けたり、執着していたことに対しての達観的なうすまり、内的にかなりの変化がわが胸のうちに起こってきている。
喜怒哀楽の感情が弱くなってきているのである。これを老化と呼ぶのであれば、そうなのであると、(あるいは転向である)以前なら狼狽したかもわからないのだが 、正直に自然に老いたいとの思いの方が、強まっているのである。
老いにあらがわない、受け入れるという方にシフトしつつある。だが、とはいうものの、局部的に、還暦を過ぎてから始めた、シェイクスピア作品を声に出して読むとか、昨年から始めた弓をひくという営為に対しての情熱は、ますます深まっている。いままでとは異なる、旅もしてみたい。
早い話、遺された自分の人生時間の持ち時間がいかほどであるのかは、もとより知る由もないが、これからの未来時間を、ただただ思いのままに、よりあるがままに過ごしたいという思いが、強くはっきりとしてきたのである。
だから、きっとこれから人付き合いも含め、ありとあらゆるこれまでの人生時間の過ごしとは変ってゆく気がとてもする。不義理を生きる、義理を欠く覚悟である。
死というものは、そっと忍び込みあっという間に、その人の存在を不在にする。私が五十鈴川だよりを書きだしてから、この間、私が少年期から青年期にかけて瞼に浮かぶほどに、影響を受けた多くの方々が、年々その姿を見ることがかなわなくなってゆく。
昨年までは、なんともやるせない思いにとらわれたりもしていたが、今年から急に何やら恬淡として受け容れるというのか、摂理として受け止める感じ方の方が強くなっている。
死というものを特別なことではなく、当たり前の普通の自然なこととして、認識したい、するのだという思いがつよくなっている。
節目というが、いろんな意味で個人的に節目の年という気が、特に今年はする。これまでの自分とは、あきらかに変わりつつあるという自覚の深まりを感じる。
これまでかなり情熱を傾けたり、執着していたことに対しての達観的なうすまり、内的にかなりの変化がわが胸のうちに起こってきている。
| 静かに星野道夫氏に関する本、氏の文章をあらためて読む夏 |
喜怒哀楽の感情が弱くなってきているのである。これを老化と呼ぶのであれば、そうなのであると、(あるいは転向である)以前なら狼狽したかもわからないのだが 、正直に自然に老いたいとの思いの方が、強まっているのである。
老いにあらがわない、受け入れるという方にシフトしつつある。だが、とはいうものの、局部的に、還暦を過ぎてから始めた、シェイクスピア作品を声に出して読むとか、昨年から始めた弓をひくという営為に対しての情熱は、ますます深まっている。いままでとは異なる、旅もしてみたい。
早い話、遺された自分の人生時間の持ち時間がいかほどであるのかは、もとより知る由もないが、これからの未来時間を、ただただ思いのままに、よりあるがままに過ごしたいという思いが、強くはっきりとしてきたのである。
だから、きっとこれから人付き合いも含め、ありとあらゆるこれまでの人生時間の過ごしとは変ってゆく気がとてもする。不義理を生きる、義理を欠く覚悟である。
2018-08-06
8月6日にささやかに想う五十鈴川だより。
8月6日、8時15分広島に原子爆弾が落とされた日。唯一の被爆国日本、人類に初めて落とされた核爆弾。
朝の声出しを終えて、家に戻ると平和式典が放送されていた、朝食を取りながらしばし見入った。NHK広島放送局による全国放送で、構成に無駄がなく、若い方たちの現在の被爆を伝える取り組みが、織り込まれいてしばしみいった。
あの無残極まりない、阿鼻叫喚生き地獄を生き残り、伝える方々が高齢化し、その風化してゆく危機感、、何とかしなければならないという思いが伝わってきた。
言葉では何とでもいえるし、書けるが、あの先の大戦であらゆる年代の全国民が 体験した皮膚感覚的記憶の風化が進むことに対して、一人の今を生きる日本人として、ささやかに考える自分がいる。(もっともっとお亡くなりになった方々の声なき声に耳を傾けないといけない)
それはやはり、死を以前にもまして身近に感じるようになってきたことが、大きいのだと感じる。オーバーではなく、もはや半分、あちら側からこの世を眺めているのではないかというような感覚が、私にはあるのである。
ともあれ、何とも暑い夏の日の朝に、14万人ともいわれる方々が、一瞬にして黒焦げになり、73年経っても、その苦しみのうちにある人の数は消えない。
これを心から恐ろしいことだと感じなくなったら、大人としての私はあまりに悲しい。このところ、被爆者の声が新聞に掲載されていると、努めて読むように心かけている自分がいる、そのうちのいくばくかは切り抜いたりもしている。
なぜこのようなことを始めたのかは自分でもよくはわからないが、体験された方々の無念を想うと、やりきれないのである。
北朝鮮はじめ、核を保有する国は、増え続けている。何故か?戦争はなぜ起きるのか?この根源的な、21世紀人類に課せられた、最重要課題、自戒を込めて、責任ある世代は事の本質から、目を背けてはならない。でないと、どなたか詩人の方が書いていた、やがてそれは、我が身に降りかかってくると。
| 花の蜜を吸うアゲハチョウ |
朝の声出しを終えて、家に戻ると平和式典が放送されていた、朝食を取りながらしばし見入った。NHK広島放送局による全国放送で、構成に無駄がなく、若い方たちの現在の被爆を伝える取り組みが、織り込まれいてしばしみいった。
あの無残極まりない、阿鼻叫喚生き地獄を生き残り、伝える方々が高齢化し、その風化してゆく危機感、、何とかしなければならないという思いが伝わってきた。
言葉では何とでもいえるし、書けるが、あの先の大戦であらゆる年代の全国民が 体験した皮膚感覚的記憶の風化が進むことに対して、一人の今を生きる日本人として、ささやかに考える自分がいる。(もっともっとお亡くなりになった方々の声なき声に耳を傾けないといけない)
| 無辜の民を巻き込む戦争の愚かしさ、新聞をきちんと読みたい |
それはやはり、死を以前にもまして身近に感じるようになってきたことが、大きいのだと感じる。オーバーではなく、もはや半分、あちら側からこの世を眺めているのではないかというような感覚が、私にはあるのである。
ともあれ、何とも暑い夏の日の朝に、14万人ともいわれる方々が、一瞬にして黒焦げになり、73年経っても、その苦しみのうちにある人の数は消えない。
これを心から恐ろしいことだと感じなくなったら、大人としての私はあまりに悲しい。このところ、被爆者の声が新聞に掲載されていると、努めて読むように心かけている自分がいる、そのうちのいくばくかは切り抜いたりもしている。
なぜこのようなことを始めたのかは自分でもよくはわからないが、体験された方々の無念を想うと、やりきれないのである。
北朝鮮はじめ、核を保有する国は、増え続けている。何故か?戦争はなぜ起きるのか?この根源的な、21世紀人類に課せられた、最重要課題、自戒を込めて、責任ある世代は事の本質から、目を背けてはならない。でないと、どなたか詩人の方が書いていた、やがてそれは、我が身に降りかかってくると。
2018-08-02
8月18日まで覚悟の夏が続く。
母や遊声塾のYさんに頂いた夏野菜、特にトマトの丸かじりをしているせいか、草刈りで痛めた背筋痛もすっかり治って普段の暮らしが滞りなくこなせるほどに体調が戻ってきた。
何度も繰り返し書いているが、身体あってのわが暮らしなのであると、初老であるがゆえに、そのありがたさが、何やら蝉の声と共に染み入ってくる夏である。
これだから人生は面白いと言わざるをえない。66年も生きてきたわが体はあちらこちらにほころびが生じているが、ありがたいことに孫の望晃くんを30分くらいは抱っこしても大丈夫くらいの体力はかろうじてキープしている。
今日、我が家には誰もいない、妻は仕事、娘やレイ君たちは出かけている。我が家には私ひとり、だから五十鈴川だよりが書ける。
起承転結まるで無視、自由自在に気分のおもむくままに下手な一文がつづれる昼下がり、初老男の、ひそかな喜びというほかなしである。
さて、昨夜遊声塾のレッスンが行われた。ほとんど仕事をしながら、貴重な時間を費やしてオーバーではなく、足を引きずりながらやってきてギリギリのところで声を出している。昨夜は仕事で参加できない塾生もいた。
8月18日まであと2週間と、ちょっとである。私には塾生よりもずっと稽古する時間があるが、塾生の多くはは働いているので稽古をする時間が限られている。
その浮世の定めの時間の中で、必死に時間を見つけて 、塾生は声を出し続けている。このようないくらでも楽をすれば、逃げ道が見つけられるご時世の中で、あえて楽ではない塾に来られている。
私自身、楽ではない声出し時間を、今朝も早朝やっているそのこと自体が、実は私にもよくはわからない。
よくはわからないけれども、終えるとさわやかな風がわが体を吹き抜けてゆく、そんな感じがあるとともに、昨日は出なかったような、思わぬ声が出るからこそ続けられているのではないか。(くめども尽きぬ発見)
稽古、反復することによって、身体がまだ意外な反射をする。(普段の生活では使わない息の長い言葉の表現が、シェイクスピア作品にはふんだんに出てくる、それに挑む。やがては叶わなくなるのであるから、いまにしがみつく)
頭で考えて生まれてくる音ではないのである。声が声を、音が音を呼ぶ、いったん声を出し始めたら、ただひたすら音に導かれて声を出すのである。
とにかく、8月18日までは、修行が続く、覚悟の夏である。
何度も繰り返し書いているが、身体あってのわが暮らしなのであると、初老であるがゆえに、そのありがたさが、何やら蝉の声と共に染み入ってくる夏である。
これだから人生は面白いと言わざるをえない。66年も生きてきたわが体はあちらこちらにほころびが生じているが、ありがたいことに孫の望晃くんを30分くらいは抱っこしても大丈夫くらいの体力はかろうじてキープしている。
今日、我が家には誰もいない、妻は仕事、娘やレイ君たちは出かけている。我が家には私ひとり、だから五十鈴川だよりが書ける。
起承転結まるで無視、自由自在に気分のおもむくままに下手な一文がつづれる昼下がり、初老男の、ひそかな喜びというほかなしである。
さて、昨夜遊声塾のレッスンが行われた。ほとんど仕事をしながら、貴重な時間を費やしてオーバーではなく、足を引きずりながらやってきてギリギリのところで声を出している。昨夜は仕事で参加できない塾生もいた。
8月18日まであと2週間と、ちょっとである。私には塾生よりもずっと稽古する時間があるが、塾生の多くはは働いているので稽古をする時間が限られている。
その浮世の定めの時間の中で、必死に時間を見つけて 、塾生は声を出し続けている。このようないくらでも楽をすれば、逃げ道が見つけられるご時世の中で、あえて楽ではない塾に来られている。
私自身、楽ではない声出し時間を、今朝も早朝やっているそのこと自体が、実は私にもよくはわからない。
| なんとシェイクスピアに魅入られている人の多いことか |
よくはわからないけれども、終えるとさわやかな風がわが体を吹き抜けてゆく、そんな感じがあるとともに、昨日は出なかったような、思わぬ声が出るからこそ続けられているのではないか。(くめども尽きぬ発見)
稽古、反復することによって、身体がまだ意外な反射をする。(普段の生活では使わない息の長い言葉の表現が、シェイクスピア作品にはふんだんに出てくる、それに挑む。やがては叶わなくなるのであるから、いまにしがみつく)
頭で考えて生まれてくる音ではないのである。声が声を、音が音を呼ぶ、いったん声を出し始めたら、ただひたすら音に導かれて声を出すのである。
とにかく、8月18日までは、修行が続く、覚悟の夏である。
2018-07-30
孫の望晃くんは、酷暑の夏、私に涼しい風を運んでくれる。
今日も含めてあと4日間、望晃くんとの日々が続く。7キロ以上の重さがあるので、母親一人で、終日面倒を見ることがいかに大変なことであるのかが、実によくわかる。
いろんな人に抱かれたり、声をかけられたりして、その多様性の中でこそ、ヒトはおのずと、環境適応能力を自らの力で獲得してゆくのだということがわかる。自分にとっての大切な存在を瞬時に見分ける。母の、そして父親の存在の大きさがわかる。
レイさんと娘の間に生を受けた望晃くんは幸せである。もっとも大切な親からの愛情を日々たっぷりと受けながらまさにすくすく育っている。わが娘の本能的母性は母親譲りである、子は親を選べない。レイさんの父親ぶりも見事である。
この数日、何回か時間を見つけて、あやしたり抱っこをしたりして、新米おじじは孫から新鮮ないっときをいただきながら、両親の献身というしかない姿に感じ入っている。
娘夫婦のおかげで孫を抱っこできるなんてことが、わが人生に訪れ、この経験したこともない新たな感情が、私の黄昏行く人生時間の、幼少期と並ぶ2度目の黄金期であるのかもしれない、ふとそのような思いにもとらわれる。
それほどまでに、無垢な赤ちゃんである孫の望晃くんの存在は、私にはまぶしい、ピッカピカの天真爛漫さ。触れてみて思い知る得も言われぬみずみずしさ。
これ以上書くと、まさに爺バカ。酷暑の夏、五十鈴川は遠く、じっとこの夏をしのぐしかないが、望晃くんはどこへもゆけない、引きこもりがちなおじじを、見果てぬ未来へと、想像の世界へと、涼しい思いにいざなってくれる。
いろんな人に抱かれたり、声をかけられたりして、その多様性の中でこそ、ヒトはおのずと、環境適応能力を自らの力で獲得してゆくのだということがわかる。自分にとっての大切な存在を瞬時に見分ける。母の、そして父親の存在の大きさがわかる。
レイさんと娘の間に生を受けた望晃くんは幸せである。もっとも大切な親からの愛情を日々たっぷりと受けながらまさにすくすく育っている。わが娘の本能的母性は母親譲りである、子は親を選べない。レイさんの父親ぶりも見事である。
この数日、何回か時間を見つけて、あやしたり抱っこをしたりして、新米おじじは孫から新鮮ないっときをいただきながら、両親の献身というしかない姿に感じ入っている。
| 孫の手に、暑さ忘るる、酷暑かな。 |
娘夫婦のおかげで孫を抱っこできるなんてことが、わが人生に訪れ、この経験したこともない新たな感情が、私の黄昏行く人生時間の、幼少期と並ぶ2度目の黄金期であるのかもしれない、ふとそのような思いにもとらわれる。
それほどまでに、無垢な赤ちゃんである孫の望晃くんの存在は、私にはまぶしい、ピッカピカの天真爛漫さ。触れてみて思い知る得も言われぬみずみずしさ。
これ以上書くと、まさに爺バカ。酷暑の夏、五十鈴川は遠く、じっとこの夏をしのぐしかないが、望晃くんはどこへもゆけない、引きこもりがちなおじじを、見果てぬ未来へと、想像の世界へと、涼しい思いにいざなってくれる。
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