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2026-08-02

ドレスデン、ロンドンへの旅を前に想う、今朝の五十鈴川だより。

 老いては子に従い、妻に従う頻度が古希をすぎて多くなっている。その事を私は自覚している。そしてその事実をどこかで楽しんでいる。自分のエゴでずいぶん迷惑をかけたであろう、と思える申し訳なさと、もう充分に、我が能力を越えたチャレンジ、薄氷を踏むかのような(振り返るとよくもまあ、よく実現したものである)イベントをこれまで企画出来たことの満足感が、そう言う心境に至らせている。

映画のパンフレットにあった地図

61歳、中世夢が原退職で企画は一応の終わりを自覚し、それ以後は、やり残したシェイクスピアの音読に再挑戦、コロナで音読に終止符、古希から企画を再開したが、家族、娘たちには迷惑をかけてはいない。最近は精神的には応援してくれている位である。その事だけで私は充分に有難い。

もう充分に、時代の流れに置いてきぼりにというか、目まぐるしさについてゆく気もないし、つい行けない体と心で、あまり他者に迷惑を掛けず(喜んで賛同してくれる生き生きした高齢者の友人のみで)私の企画を、純粋に応援してくれる奇特なメンバーとチームを創り、今の年齢ならではの、小さくて意義のある企画を夢見る。

さて、ドイツはドレスデンから、飛行機でロンドン往復、ロンドンには一週間滞在する。40年ぶりのロンドンである。(妻との初めてのアフリカ、ケニア、タンザニア旅行で数日ロンドンにストップオーバーして以来)一口に40年、人生のおおよそ半分である。この年齢でロンドン再訪が叶うとは思わなかったが、ドレスデンに娘家族が里帰りしなかったら、一人でのいきなりのロンドン旅は実現しなかったのではと思う。

実現するのは、やはりレイさんと娘のおかげである。簡略に記す。今やあらゆることが電子決済である。移動、宿泊、買い物などロンドンは日本以上にデジタル都市社会に移行している。日本の浦島太郎の私では苦労するのが目に見えているので、航空券やホテルの手配の一切合切をやってくれたから、安心して行けるのである。

ほぼ旅立つ準備は終えている
(その上最初の3日間娘が同行してくれる。昔の杵柄、少し案内が出来るかも)

そう言う意味でも、老いたら子に従うのである。高齢者の一人旅、韓国や近い国ならばともかく、とおくの異国への旅は健康に動く体がないとまず楽しめない。

そう言う意味でも今回の高齢者での旅、どのような気分になるのかが、実に楽しみなのである。この8年間の高齢者労働のおかげで行ける。

心の底で、よしんば行けなくても行きたいという目的意識を持ち続けたことが大きい。私の場合、あらゆる事に目標、目的がないと情熱の持続が難しい。

それはイベントの企画でも同じである。心底企画したいという腹落ち感覚がないと情熱の持続がまず無理である。話は変わる。昨日ウカマウ集団のフィルム上映会を最後の企画にしたいと打ったが反省する、まだ実現化していないのだから。実現化したときにどのような気持ちになるのか、ならないのかにゆだねたい。

と言うのは、私はアフリカには何度も足を踏み入れ企画がなったたが、ラテンアメリカ世界は未踏である。一日でもいいから中南米の(ボリビアかペルーかアルゼンチン、または高齢者に負担のない低地国への)どこかの国へ旅をしたいという欲求が湧いて来たのである。そのためにも、叶うことならば、後数年額に汗して労働したいと想うのである。実現を夢見る高齢者の私である。

2026-08-01

酷暑の7月から8月に入った朝に想う、徒然五十鈴川だより。

 今の年齢で、大災害にあったら私はどういう心境になるであろうか。悲しいかな人間は当事者にならないとわからない。2012年わずか一日、東北の大槌町に瓦礫の撤去作業ボランティアに(生まれて初めて)出掛けたことがある。また我が家の側を流れる砂川の上流が決壊し、浸かった家の片付けにも、2018年7月、一日暑いなか出掛けたことがある。最初の孫が授かった年でもある。

ありがたや.ありがたやでの.老いの夏

この度の熊本地震は故郷の隣の県でもあり、若かったらきっと出掛けていたと思う。熊本には何度も訪れている。今年3月孫のノアと、私妻の3人で泊まりはしなかったがそこでレンタカーを借りて3泊4日旅をしたし、かなり復旧がなった熊本城も車のなかから眺め、市内をドライブした。

何年か前には長兄と、いつかは行かねばと思っていた、水俣病の展示施設を訪ねたこともあり、いずれにせよ、胸が痛む。

この酷暑のなか、被災されたかたがたの生活を想うと、言葉がない。だからただ黙って、自分の生活をするしかない。

この年齢になると、嫌でも死を、より身近に感じながら生活するようになる。若い頃よりも、体の諸機能が衰えてくると、眼にみえない世界への、想像力が、増して来るように思える。それは私個人の勝手な思い込みに過ぎないかもしれない。がその思い込みの深さを頼りに未知の世界に分けいってみたいという、老いのわがままを慈しみたい私がいる。

話は変わる。酷暑は続いているが、今日から8月である。明らかに季節は動いている。今週の金曜日には、ドイツ、ドレスデンに向かうので、思わぬ夏休みがすごせるのが楽しみである。今を生きる重要な仕事場をしばし離れ、まったくの精神の自由時間がいただける事の幸堪は、滅多には訪れないが故にしみいる。

何事もコツコツ意味もなく打ち込んでいると、思わぬことが起こるのを、私はこれまでの歩みの中で何度も経験している。

物やお金、名声、出世などの現世的な執着や欲望(もともと生特的に少ない)には、古希前の手術以後、ほとんど無くなり、ただ存在している有り難さに、想いを馳せる牧歌的庶民で、ただ在りたい。ただそれだけで充分という、現世的価値とは真逆の過ごし方を楽しんでいる。

下記に記します。

手前味噌だが、だからこそウカマウ集団のフィルムに、この年齢で自分でも驚くほど反応しているのだと想う。

ウカマウ集団のフィルムは、今の世をあまねく覆う、恐ろしく命を無慈悲にもて弄ぶ価値観の対極に位置し、私の身に付けたこれまでの価値観を根底から見直し、ひっくり返してしまうほどに、衝撃的なのである。(だからこそやりたいのだ)

もうこの未知のフィルムの上映会が元気なうちに企画できたら、もう他にやりたいことはない。7月4日、東京小平の小さなスタジオで、ウカマウ集団のフィルムに出会ってからというもの、以前と以後でまるで生活の時の流れが変わってしまった、と思える。(ほどに)

またもや変節してしまった。無知を照らす希望、中米、カリブ、南米、ラテンアメリカの国々のこの500年の歴史を、太田昌国先生のご本でほんの少し学んだだけで、何やら未知の世界に誘われ、老いてなおわくわくする。それもこれも、世の中に出て56年の歩みの上でたどり着いたのだと(たどり着けた)と思うと、感無量である。

PS 写真は次兄に、お前が持っていろと十数前帰省した際に預かった、亡き父が生前身に付けていた時計。動かないが捨てられない一品。整理していたら久しぶりに眼に止まり、これからは机の目に入る所に置いておく事にした。無言のエネルギーがいただける。私は引き揚げ者の末裔である。私が元気に生きていられるのは、父母をはじめとする死者と孫達をはじめとする生者のおかげである。

上の写真は長女が小さいころ植えたスダチの樹、すでに30数年今年も立派に実をつけている。