7日の7時過ぎ、紅茶、焼きポテトサンドイッチ(最高の美味しさだった)の朝食を終え、洗濯物を干しミアを保育園まで送って行きもどってコーヒーブレイク。娘は仕事をしている。12時前には成田に向かう。それまでちょっと時間があるので打つ。
先日も打ったが、わたしは仕舞い支度の人生時間を迎えているという、いい意味での自覚、意識がしっかりしていて、娘夫婦の役に立つお爺で在りたいし、なおかつ、心からやりたいと想える企画がやりたいという情熱がある間は、旅をしたい。(意味もなく日本とは異なる環境に身を置いて思想したい)
そう言う情動が、ドレスデンへの旅に同道したいという行為に表れている。娘の手が及ばないことを手伝う。共有時間を過ごす。ただそれだけで、老人であるわたしは嬉しいのである。話は脈略がないが、企画をすることも、全て、今、私の年齢で自然に振る舞えることに(労働が私の根底の生活を支えている、だから旅も企画も叶うのである)エネルギーを集中している。
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| 飛行機の中で読む為に持参した文庫本 |
二十代、三十代、四十代、とそれぞれに私にとっての、大きな旅をしてきたが、五十代、六十代はいろいろな事情で(娘たちが巣だつまで)余裕がなく、大きな異国へ旅は叶わなかった。
それでも、三つ子の魂は止むことがなかったおかげで、今回の旅が実現する。その事の有りがたさは、例えようもない。いい歳をして私の心は成田の国際線ロビーに行くのが嬉しいのである。
最初のロンドンへの旅で私は国際線の空港が大好きになった。空港でいろいろな国の飛行機、異国の移動する人々の姿を見ることがなんともたのしい。それもこれも、やはりめったなことでは訪れない、偶さかな久方の旅であるがゆえの、旅人感覚が久しく忘れていた感覚を呼び起こして、年齢には不似合いな青春への回帰へとしばし誘うのだ。
が、明かに私は若くはない。きっと10年後は、五十鈴川だよりも打てないくらいに老い、大きな旅はできないかもしれないし、それよりも何よりも、妻には叱られても生きてはいないかもしれない。安心して老いる為にも、全力で今旅をするのである。そんなこんな想うと、今回の旅がいかに大事な旅であるのかが自覚できるのである。
少年老いやすく、夢叶わず終わる。が臆面もなく打っておく。18歳で小さな夢を抱いて日向灘の近くの小さな海辺の町を飛び出して、時代の荒波の中を息も絶え絶えに泳ぎ、あらゆる幸運に支えられて、生活しながら、埋没の危機を凌ぎつつ、未だに夢を(どんなに小さくささやかでもその人らしい他の人と比較しない)見ることが出来る事実に、諦めながらも、諦めなかったことが、結果実現化の運びになったのだと、おもえる。
よしんば実現しなくてもいいのである。要は挑戦しなかったら、何事も無し得ないし、扉は永遠に開かない。田舎者丸出しの私がチビリチビリ、脱皮するかのように、自分の眠っていた能力が開花、あるかないかわからない才能を信じて、今も歩んでいる。つくづく厳粛な綱渡り生活を持続してきた往生際の悪さが、幸運を招いたと思う。勇気は若いうちにこそ養える。その季節をないがしろにしたら、絶対に幸運は訪れないと断言する。
要は肝をくくる覚悟がないと、決して幸運は訪れない。孫たちに伝えたいことは先ずは生まれて来たことに、感謝することさえ見失うことがなく、自分のなかにコツコツと自信を、人と比較せず貯蓄(ため)込んでゆけばきっと、面白い自分の道が待っていてくれるのだと言うことを遺言しておきたい。

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