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2026-09-02

9月に入り、普段の生活に戻って、物想う五十鈴川だより。

 9月に入った。ようやく普段の生活者に戻った勘がしている。昨日夕刻、猪風来さんに電話を入れ、(お電話をいただいていたのになかなか電話をする気にならなかった)気持ちの切り替えがようやく出来たのである。五十鈴川だよりも打ちたくなってきている。

下記に記します

とはいっても、もどってきてからというもの、ただ労働に勤しんでいただけで取り立てて打つほどの事はないのだが、虚空に向かって想いを馳せていると、何やら一文が流れ始める。

さて、昨日太田昌国先生にいきなりお電話をした。9月5日のウカマウフィルムの上映会に参加する旨お伝えし、その際に少しお話する時間を設けて頂きたいとお願いしたのである。上映会後お会いできることになった。本当はお葉書を書かないといけなかったのだが、日にちが迫っているのでお電話にした。

電話を終えて、前日不在着信があった番号に電話を入れると、学園坂スタジオの、Tさんからであったのも奇遇であった。5日上京する旨お伝えし、いずれにせよ、今後とも折々会って、関係性を少しでも深めて行きたいので、意味もなく直接お会いする機会を大事にしたい旨お伝えした。Tさんも心良く賛同して下さった。

何故企画をするのか、ましてこの年齢になってまで、その事は7月4日以降、何度か打っているので割愛するが、究極言葉にはならない。何故旅に出かけるのかにも似ている。行きたいからゆく。企画したいからする。それに尽きる。というわけで、2ヶ月ぶりに学園坂スタジオに行き、先生に会えるのが、楽しみである。今はただ、拡がりの輪が深まる上映会にしたい。


とここまで、打ったら他に打つことがなくなってしまった、が改めて、私にとっての旅の重さを知ることになった今回の旅である。

この年齢で、それもドレスデン、ロンドンを各一週間旅できたことの幸運は何度打っても、そうはめったに訪れる機会はないのだという厳然たる事実である。

ヒースロー空港でも打ったと思うが、無謀と挑戦は異なる。最低限の荷物だけで、10日から、2週間程度の旅をこれからも、毎年特に夏休みに、国内外問わず、続けたいというおもわぬ情動が湧いてきた。毎日、日本語だけが聞こえてくる環境に身を置いて生活していると、確実に平和ボケ(私のことです)してしまうという事実を確認したことである。


一年に最低一度、全く環境が異なる空間と場所に移動し、出来れば異国の多民族の坩堝の中に身を置いて思考する時間が持てれば、嫌でも精神と肉体は活性化する。その事の重要さをひしひしと感じている。その貴重な時間を捻出するための方法は、日々労働し 動く体と心を養生する事、それしか私には方法がない。

PS 上の写真は娘と行ったロンドンのノッティングヒルゲイトのポートベロー市場の一枚、凄い人でごった返していた。異国を旅したら市場は必ず行きたい所である。

下の写真はノアがデンマークのコペンハーゲンで、娘がロンドンから到着するのを待っている際に拾ってきた石の写真である。バイキングも異国で見たこともない大きな石を持ち帰ったらしいから、8歳の子供であるノアが稲城まで、重いのに持ち帰ったという事実を五十鈴川だよりに一行打っておく。いちばん下の写真は旅の最後、宿の近くのベルリンの川の側の公園で過ごす、レイさん、ノア、ミアです。

ベルリン、東西に引き裂かれ過酷な運命の歴史の街、娘は東西の壁が壊れた1989年の生まれである。僅か一泊だったが朝のベルリンの静けさがひときわ印象深い。