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2015-04-24

20年ぶり、T氏とシェイクスピアの生誕の日に劇的再会をしました。

一昨日で塾はGWに入り2週間レッスンはない、しばし私もつかの間の休息を自らに与えたい、とは思っている。

お正月が過ぎてから、この4か月かなり多忙で充実した時間を過ごしてきたので、まことに持っていいタイミングでのGWというわけだ。

何よりもうれしいのは、怜君のお父さんたちが初めて日本にやってくることだ。いこくにできた親戚をどのようにおもてなしできるかはわからないが、我が家流の自然体で臨むだけである。

目に若葉の時候のいい季節なので、まずはおひざ元の西大寺近辺で 、初日を迎えるところからスタートするが、どのような滞在になるのか、はなはだもって楽しみである。

人生の晩年に向かって、うきうきわくわくするような 出来事が重なってゆくことは、実りある果実のひと時というしかない。

それもこれも巡り合いの縁、お導きというしかない。気恥ずかしくもあるのだが、感謝の念を深く持って生きるように心かけるようになってから、物事がすべてやんわりと好転の兆し。

さてそのような日々、昨日20年ぶりくらいにとある方と本質的に再会した。これもまた何かのお導きというしかないくらいの、私にとっては劇的というしかない再会のひと時となった。

短い文章でT氏との再会を伝えることは、叶いもしないしする気もないが、岡山にやってきてこんなにも素敵に生きている、古希を過ぎたすがすがしくも若々しい同性に初めてお会いした。

初めてお会いした時から、心に残る、 私にはない世界、感性をお持ちの方であることは直感していたが、細い糸でご縁が切れず、お年賀でのお付き合いが続いていたのだ。

その方との劇的再会は、氏が先日の遊声塾の発表会に足を運んでくださったことから、機縁が復活した。

おおよそ3時間近く、我々は夢中になっておしゃべりをした。年齢は私よりずっと先輩だがそんなことはどうでもいい、その少年のように夢中になれる多岐にわたる世界をお持ちのT氏に私は深く打たれたのである。

後半の時間はほとんど私は聞き役、氏が今現在創造している日本語漢字文字の言葉遊びの世界があまりにも、ユニークで面白かったからである。
我が家のキンカンやっと収穫しました

うーん、うなった、参った 、愉しかった、という時間が瞬く間に過ぎた。氏はシェイクスピアの言葉遊びの世界に関心を持たれ、塾の発表会に足を運ばれた由。

発表会を終えた直後、氏が近々会いましょうと言ってくださったので、お約束が昨日実現したというわけだ。

理屈抜き、その人らしい世界を絶えず楽しんで追求しているかたというのは 、かくもすがすがしいのである。

そのことを、氏は私に実感させた。生も死もある種超越したかのような境地で、今ある生を心から楽しんで生きている人に、岡山にやってきて初めてお会いした感、私は打たれた。

何より私がうれしかったのは、私が今もなお、遠くに仰ぎ見る仕事をされた、今は亡き桃山晴衣さんのことを話すと、氏はレコードと本をお持ちだというではないか。このようなことは男性では岡山に来て初めてである。

挙句、私を自分の家に招き、(氏は岡山の禁酒会館で数十年クラッシック音楽専門のレコード店を経営されていたこともある) 桃山さんのレコードを聴かせたいと言ってくださったのである。

私はGWのち、氏のお宅に伺う約束をした。先輩は私のことを類は友を呼ぶといってくださったが、とてもとてもの感が私にはある。

ともあれ、氏が発表会に来てくださらなかったら、このような本質的再会の出来事も起こりえなかったとしたら、まさに私にとっては、演劇的な再会というしかない。


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