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| 31歳の私 |
午前中仕事を終え戻ると、倉本聰先生がお亡くなりになったニュースを伝えていた。富良野塾一期生として、31歳から34歳まで富良野で過ごした、足掛け3年近くの日々がなければ、現在の自分はない。その事に想いを馳せると、、、。
とここまで打っていたら、山陽新聞の文化部の方から、私が富良野塾の一期生であること知って、電話での取材が入って、しばし話をした。明日の新聞に掲載されるらしい。やく、一時間近く40数年前の富良野塾での体験や、岡山に移住してからのことなどを、質問されるがままに、受け答えし、電話を置いた。五十鈴川だよりを打つ気が消えた。慎んでご冥福をお祈りする。
PS 上の写真は本当に貴重な一枚である。廃屋の前で。この廃屋を宿舎棟に改築した。何枚かしか私には富良野塾での写真がない。だがあの塾地で過ごした青春の終わりの3年間は、私の体の奥深くに数多く記憶の宝として刻まれている。卒塾して40年、無常迅速、あの体験が今の私を支えている。

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