一昨日夕刻六時半に家に戻り、昨日働いて、11月最初の五十鈴川だよりである。門川に3日泊まり、31日(結婚記念日)は、先月から、福岡県の飯塚で働いている、遠友Kちゃんのところに泊まった。
その前に30日のことを少し触れておく。30日は登紀子さんの、朝食を済ませ、午前中マクドナルドで五十鈴川だよりを打ち、門川の港を散策、お昼を83歳の姉と二人でお寿司をたべた。姉には、高校生の頃から可愛がって貰っている。後期高齢者になっても愚弟の私が帰省すると、なにやかにやと声をかけてくれる。いくつになっても弟は弟なのである。その事が有り難く、ただ嬉しい。
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| 我が心の小倉が浜 |
姉や兄がいなくなったら、おそらく私はもうふるさとに還ることはないだろう。その様なことを打つとなにやらもの悲しいが、厳粛に受けとめ、摂理に従う勇気を養いたい。侘しく寂しいのが日本の文化だと想う。
姉にランチをご馳走になり、私は一人兄の車でこのところ帰省の度に、ゆきたくなる小倉が浜に向かった。あいにくの雲り空だったが、サーフィンをしている人たちがいるのは変わらない。引き潮で広い砂浜を約一時間以上歩いた。歩いている人は誰もいない。私はガンジーの自伝、文庫本を二宮金次郎のように読みながらあるいた。
午後四時兄の家に戻り、門川の温泉に行き戻ると、日向市の庶民的な中華の店に兄夫婦が連れていってくれた。美味しい餃子と野菜炒め他を、ビールと焼酎と共に頂きご馳走になた。義理の姉の運転で戻って荷造りをし、横になる。
31日、午前6時に起き、登紀子さんの純和風の美味しい朝食を頂き、姉にお昼用の鯖寿司を頂きお別れした。兄が日向まで送ってくれた。7時44分の日輪に乗り、Kちゃんのいる飯塚に向かう。午前11時半行橋で降りる。飯塚から約一時間、車でKちゃんが迎えに来てくれた。行橋から飯塚まで小さな川沿いの道を走る。土手のすすきが私の琴線を揺さぶる。土手には桜並木が続いている。葉は全て落ちているが春の景色を想像する。途中山本作兵衛さんの絵が展示されている。炭鉱博物館に立ち寄る。二人でゆっくり見いる。見終え館のそとのベンチで、姉の鯖寿司を食べる。美味しかった。遅めのお昼を終えKちゃんのマンションに向かう。Kちゃんの住まいは飯塚駅のすぐ近くにあった。荷をほどき洗濯をさせてもらった。(一晩乾いていた)
午後3時過ぎ、散策に出る。寂れた市内の商店街を歩き、遠賀川に出て沈下橋を(上には立派な橋があるのだが)2つ渡って対岸に出て、午後三時からやっているという海鮮居酒屋で、Kちゃんと再会の祝杯を上げる。天ぷらやお刺身がとても美味しく、普段は控えているビールをKちゃんと杯を重ねた。
何せほぼ40年近い交友である。性格がまったく異なるのもあるかもしれない。深入りしなくも切れぬ交友の持続に嫌でも祝杯を上げたくなる。この年齢になると、今こそが全てなのである。
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| 一期一会、君子の交友は続く。 |
全てKちゃんが主導する。再び遠賀川を(今度は大きな橋)渡る。河原ではたくさんの手作りの明かりが灯り、ハロウィーンのイベントが行われていた。マンションの近く、二件目のお店に入る。おばあちゃんが一人でやっていて、昭和男二人にふさわしいお店であった。
二件目で十分であったのに、なんとそこから三軒目、ワインバーにKちゃんは向かった。そこに行った事は覚えているが、その後のマンションまでの記憶がない。気がついたら、1日の朝であった。(74歳でこんなに飲むとは、Kちゃんは私よりも2歳とししただが、その健啖家ぶりには驚かされる)不思議意外やさっぱりと目覚めた。Kちゃんがコーヒーを入れてくれ、椅子をだしてベランダで飲む。
私は瀬政さんから借りている、ウカマウフィルム作品の[地下の民]を見る事が可能か訊くと、事務所で観れるとの返事、事務所の近くに美味しいパン屋さんがあるので、ブランチがてら見ることに決定。何とプロジェクター他全部そろっていて、二人だけでの上映会をすることが出来た。Kちゃんの所でひょっとしたら観れるかもと思ったので、持参して本当によかった。
結果、上映を終え、Kちゃんの事務所を後にして、飯塚から直方、折尾経由で小倉に出てそこからさくらに乗り岡山へ。帰省旅の最後、Kちゃんの事務所で地下の民を観ることが出来た事の有り難さを五十鈴川だよりに一行打っておく。
PS Kちゃんは退職後も、現役で働いている。頭も体も若い。ウカマウフィルム作品にも反応するセンス、感覚がある。年齢を重ねて輝く人徳、味がにじみ出る。このような友を持てたわが人生に言葉がない。


