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2026-09-12

立秋をすぎ、ひんやりした朝、もの想う五十鈴川だより。

 立秋が過ぎ、朝は虫の音が聞こえ一気に涼しくなってきた。このまま秋らしさが続いてほしい、のだが現実は個人の願いのとおりにはゆかない。が今朝は涼しい。打つ気になる。夜明けも少しずつ遅くなってきている。それは普遍である。

夏休みの旅から戻って、ようやく3週間が過ぎようとしている。が先週も上京していたので、9月いっぱいは、老いた頭を休めしずかに灯火親しむ読書を中心に、限られた時間を有効に生活したい。

さて、旅の間にも週に3日郵送されてくる長周新聞がたまっているので、今日は時間をかけてじっくり読むつもりである。これはという記事は、気力維持をキープするため、記録としても切り抜いている。ややもすると私は単眼思考に陥りやすい性格を自認している。できる限り複眼的な思考ができるように、との老いの願望をゆっくり実践したい。

メル15歳、生きている。

昨日もニュースでトランプ大統領が選挙のためのばらまきの、うまい話でアジっていたが、私を含め、多くのかつかつ生活者(多くのいまをいきる労働者がかつかつ生活をせざるを得ないような状況に置かれている)はお金に弱い。誰かに操られて、恐ろしい犯罪に手を染めてしまう若者が後をたたないのはあまりにも痛ましい。

お金がないと、確かに現代生活はいかんともしがたいほど困難を極めるだろうとは想うが、ほどほどの収入で何とか生き延びてこれた時代はすでに終わりを告げ、努力をしても困窮生活を送らざるを得ないような世代、人々が増えてきているように思えてならない。

憲法は、健康で文化的な生活を記しているが、その生活を実感している国民が一旦どれくらい存在しているだろうか。私は思う。母が何時も口にしていた。上見りゃきりなし、下見りゃきりなし、と。健康で体が動く間は、私にやれる仕事であれば、私はやれる間はやりたい。

が、生まれついての難病や、原因不明の病におかされた人など、個人の努力ではいかんともし難い状況に突然置かれた場合(災害などで進学出来ないとか、いろいろなケース)は、国がきちんと面倒をみることが、必要だとの側に私は立つ。

それにしても、この半世紀、世界の持つものと持たない者との2極化、経済格差の拡がりを是正するには一体どういう方法があるのかということを、世界のと言わず、 日本の心ある経済人、政治家、学識ある思考力、教養のある人達には考えてほしいものだ。

戦後生まれの私だが、戦争だけはごめんである。私を含め人間、特に日本人は(戦前のことを想うと)自分で考えず、他人の顔色、空気をよんで本音を隠す傾向が強いように思える。されたら嫌なことは他者にもしない、ことが最低のマナー、民主主義である。戦後世代としてはボケる限界までどのような大義名分があろうとノー、抵抗、抗うつもりである。同じように思考する世界の人びとと連帯したい。


もう十分に生きてきた高齢者の私が今いちばん欲しいのは、健康ともの想う時間である。もう現世ではほとんど欲しいものはない。もっと言えば、あらゆる物や、しがらみを手放し身軽になり、高齢者の日々をいかに生きるのか、という楽しみ、語弊を恐れずに言えば面白さ、妙味を見つけたいのである。

いささか浮世離れ、老人五十鈴川だよりなので、笑って読んで貰いたいのだが、当たり前、人間、トランプさんだって、何人たりとも、あの世には財宝、富、名声持ってゆけない。死だけは万人に平等、公平である。老人の私が今思うことは、ならば何をもって今生きているこの世のあまりの不平等、不公平、理不尽、不条理を一ミリでも是正するにはどうしたら良いのかという、永遠的問いである。

戦後生まれの私だが戦争だけはごめんである。ノーイデオロギー、人にされたら嫌なことは他者にもしない、というくらいの考えしかもたない平凡な生活者である。全世界の平凡な生活者と連帯し、命のかけがえのなさ、尊厳を考え続けたい。考えないと濁流に飲みこまれる。武器(殺傷兵器輸出解禁)を作って売って儲けている国に日本は変貌、国旗への敬意刑罰で強制へと変貌、、、。時代の推移、変貌を草取りしながら見つめ考えたい。

PS 下の写真は長周新聞の9月9日の書棚、読みづらいと思いますがアップしました。高齢者になっても、この小さな庶民目線の新聞で知らされる喜びを教えてもらっている。



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