昨日午前中、3ヶ月に一度の定期検診に行った。(ただひとつを除いてすべての数値は正常値今の数値を維持して行きましょうとの検診結果のお言葉だった)手術後M先生にお会いするのは4回目である。血液検査をしてその結果を聞くだけなのだが、何しろ私の命を救ってくださった方なのだから、特別な方なのである。なんというのか話し方に人間味、暖かみがあるのである。手術した翌日は何度も、部屋にやって来て私に声をかけてくださったことに、私がどれだけ助けられたか計り知れない。(筋肉が落ちるから辛くてもあるけ歩けと、鍛えられた)
計3度の手術のあと、結果この年齢にしては順調過ぎるほどに回復して、現在を生きていられるわけだが、現代医療がかくも進んでいなかったら、私はとうに今ごろ黄泉の国の住人になっていただろう。まして古希を過ぎたのに、10年ぶりに企画を一年後発心するなどと、誰が予想し得ただろうかと考えると、自分でも人生のあまりの紆余曲折的な意外性に満ちた展開に、私はなにかしら、お導き的なおおいなるものの存在、いかされている私自身の今を天に向かって感謝するのである。
おおらかな昔話、ウクライナの絵本 |
昨日の診察で、ちょっと嬉しかったのは、M先生がいきなり私の顔を見てこないだテレビに出ていたでしょうとおっしゃっり、いやあ感動しましたよと、先生からお声をかけてくださったことである。
正直よもやまさか、忙しい先生が夕方のNHKを見ているなどとはおもいもしなかったし、声をかけてもらえるなどとも思わなかったので、ちょっぴり私にとっては嬉しい出来事になったのである。
私はたまたま持っていた、ウクライナのカテリーナさんのチャリティ演奏会のチラシを先生に渡した。先生は、チラシに何度も見いってくださり、今の調子で健康管理して日々の暮らしを送れば、まだまだ企画できますよと激励し、よい企画をしてくださいとおっしゃったのである。
私としては手術してくださった命の恩人に、偶然そのようなことを言われ照れてしまったが、なんとも言えない生きていればこその嬉しさが込み上げてきた。M先生は今回は無理かもしれないけが、折りあればゆきたいとまでおっしゃってくださった。企画をしなかったらこのようにお声をかけていただくこともなかっただろう。
今回の企画ほ、久しく縁が途絶えかけていたいろんな方々との復縁企画に、結果的になってしまいそうなのだが、この事のありがたき重みは、限りなく私を謙虚にさせ、今後をどのように生きてゆけばいいのかの、限りなき道標になる気がする。
命は与えられたものである。自分が作ったものではないとの言葉を、とある哲学者が語っていたと記憶する。私はきっとその言葉を今後絶えず反芻しながら考え続け、五十鈴川だよりを打ちながら、怠惰さを反省しながら、なにがしかの企画を続けたいと念じている。
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