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2026-07-26

初めての異国ロンドン遊学以来、48年ぶりに一週間ロンドンへ旅をする、そして想う五十鈴川だより。

 我が青春の宝ロンドン日記は、私の書斎で48年間眠っていた。書斎の整理なんかの際とか、迷ったりしたときに、時折手にした事はあったが、今現在を生きることが優先し読み返したりしたことはほとんどない。妻にも見せたことはない。34年前、ケニア、タンザニアを旅した際、ストップオーバーし数日滞在して以来だから40年ぶり、初めての異国、ロンドン遊学から実に48年ぶりに、来月わずか一週間だが訪ねることになった。

ノート2冊分の記録が残っている

まあそのような訳で、ロンドン日記(生まれて初めて日記なるものを書いた)を開いたのである。滞在期間中、ほぼ一日も欠かさず記している。二十歳の頃、これからいかに生きてゆけばいいのか本当に行き詰まっていた私は、ある日突然日本を脱出する、したいと芯から思った。

目標をたてたら一目散、あらゆるアルバイトをかけ持ちしながら、最低一年間は異国で生活できる資金を調達すべく預金した。簡略に記す。ようやくメドがついたときには、私は25歳になっていた。

ロンドンに着いてからの行動記録がこの日記には余すところなくすべて記されている。お恥ずかしい程の文章力だが、あの当時の自分の、もう二度とは来れないだろうという思いが、行動記録を書いておかねばという必死さに繋がったのは間違いない。

(あの遊学がなかったら、私は中世夢が原で企画者を名乗ることはなかっただろう、企画は未知、無知との遭遇である)

そして思う。結果として書いておいて本当に良かったと。この年齢になって、改めて思う、青春時代は2度とやってこない。ずいぶんと遠回りしながら、この年齢まで生き延びてきて来て思う。あのとき、ロンドン遊学を思いつき、一年4ヶ月の滞在行動記録を記せたことが、その後の私を導いてくれているように思える。

何かを達成する、あくまでも自分らしく事を実現してゆく自信が生まれた、最初の成功体験となったロンドン遊学である。日本に戻ってから、いよいよ運命は幾つもの壁、試練を与えるのだが、この年齢まで乗り越えて来られたのはロンドン遊学のおかげである、と心から思える。

1977年8月9日、最初の日の日記

可愛いい子には旅をさせよ、と、若いうちの苦労は買ってでもせよ、は亡き父の言葉である。大学に行かず、行けず(本当に学校での勉強が苦手であった)世の中に出て、ようやく遅蒔きに、特にロンドン遊学で学ぶ事の大切さと、面白さを知った私である。

日本に戻って、文学座の研修生、シェイクスピア.シアター、富良野塾と遍歴、40歳から岡山移住、中世夢が原で、それまで蓄えられきたあらゆる体験、経験が無駄なく活かされたことは、間違いない。周り道に無駄はない。そして有難い事に、わずか一週間ではあれ、高齢者の私に再びロンドンへの旅が巡ってくる。

人生は私の場合、未知との遭遇である。真実は入れ替わる。世界は謎に包まれ、多様性の森羅万象に彩られている。

世界は不可解、理不尽、不条理である。だが、未だウカマウ集団フィルムにざわつく私がいる。ざわつく間は旅と企画がしたい。浦島太郎の私に、長女が最初の3日間同行してくれる。感無量である。


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