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2017-05-17

私が企画した土取利行さんの音楽会には遠路必ず駆けつけてくださったH氏と初めてお話をした。

【天と地の間には思いもかけないことが起こる】とシェイクスピアは、ハムレットに言わせている。このような書き出しで五十鈴川だよりを書き始めるのにはわけがある。

オーバーではなく私にとってはそれに近いようなことが、昨日の夕方起こったからである。実は10日くらい前、岡山を通過して香川に行く予定があるのでお目にかかりたいというお葉書をいただいた。

差出人はお話したことはない方なのだが、名前を記憶していた東京にお住いのH氏であった。氏は、私が企画した土取さんの 音楽会には遠路必ず来てくださった方である。

丁寧なお葉書だったし、私の予定もなかったので、昨日の夕方岡山駅で待ち合わせ、2時間ほど夕飯を共にし語り合うというか、もっぱらお話を聞くことに終始した。

私が聞き役に回って、お話を伺うということは少ないので、私としては実に珍しいひと時であった。そのいちいちを記すことは控えるが、H氏は今は亡き桃山晴衣さんから、三線を習ったことがあり手には三線を持っていた。

そのご縁で土取利行さんとも出会われたとのことであった。H氏は私と同じ年くらいなのだが、私よりずっと年長に感じられる雰囲気を醸し出されていたが、その独特さはいかようにしてうまれたのか、お話を聞いていて、いくばくかを想像することができた。

H氏は、私などとは違って純粋実直で、その一途さのゆえに、現代のような苛酷な世相では、実存してゆく難儀さが、半端ではないことが伝わってきた。


香川ではハンセン病に関する催しに参加するとのことであったし、広島の原爆絵図を描かれた丸木夫妻のお話や、水俣のお話、福島の子供たちのお話など、次から次に重い問題が氏の口から、私に向かって伝えられた。

このような話を、直接なぜ私に話されたのかは 知る由もないが、氏の中には何かを私相手に伝えたく、岡山で途中下車されたのだろうと受け止め、ただただお話を伺った。

実は氏との待ち合わせ時間の前、何故か私は石牟礼道子さんに関する本を探しにイオンの本屋さんに行ったのだが、私が求めていた本はなかった。

たまたま水俣のお話が出たので、その偶然性にちょっと驚いた。H氏はお体の調子があまりよさそうには見えなかった。何やら世界の多くの人があまり(私も含めて)関心を持たないような重要な思い問題に、敏感に反応する繊細さ、やさしさを十分すぎるほどにお持ちの方だった。

私のような、能天気朴念仁にではあれ、何かを伝えたく途中下車してくれた必死さ、氏の想いをいくばくか受け止めるのに、私に何ができるのか、何をしたらいいのか。考えたい。

氏は大切な資料を私に下さった。とりあえずいただいた資料をゆっくりと、しっかりと受け止めるべく読もうと思う。

時間を見つけて、東京でもう一度氏とお話をしたいと思っている。

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