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2017-05-10

土・声・弓を循環する65歳の今の暮らしを持続する春。

昨日五十鈴川だよりを書いてから、すぐに竹韻庵に5種類の苗を植えにゆき、一時間足らずで無事に植えることができた。
笹の根を除去し造った小さな畑

雨よ降ってくれと願っていたら、予報通り夕方からかなりのほん降りとなり、よかったと安堵した。苗を植えた後、午前中を弓道場で過ごした。

普通どなたかが弓をひいているのだが、どなたもおらず一時間半近く素引きの稽古を一人でして、帰ろうとした矢先、徳山先生ご夫妻が来られたので、これ幸い先生に素引きを見ていただけた。

弓の教室に通うようになってから、早くも3ヶ月が経つ、徳山道場の稽古場がようようにして体に少しなじんで きたような感じがしている。

正直、弓の稽古がこんなにもいろんな理にかなった所作と集中力と、基礎体力を要するものであるという認識も持たず、この年齢で弓道教室にいきなり通い始めるといった、無謀さを改めて感じながらも、徳山道場の先生たちの懐の深さに感謝しながら稽古を続けさせていただいている。

教室は、週一回にもかかわらず、道場があいている時間は、出入り自由、こんなところが、今の時代にあるという、このおおらかさが、私が悲鳴を上げながらも続いている大きな理由である。

それと以前も書いたが、先生はじめ 道場に通う方々のなんとも言えないお人柄に私は惹かれている。ユーモアがあり、まったく会話に無駄がないのである。

それともう一つ、所作は一朝一夕には身につかないのは当たり前だが、何よりも弓道は姿勢が良くなるということが、如実に感じられる。

それと呼吸が深くなるし、いやでも集中力が増してくる。これは声を出すにはまったくもって必要なことだから、弓の稽古は声を出す稽古にも大いに役立つのである。

基本的な日々の暮らしの要、 土、声、弓、が65歳にして揃った今の暮らしを、ことのほかありがたく受け止めている。

今日もこの3地点を、移動循環する。夜は2週間ぶりに遊声塾の稽古、動ける身体と心を持続したい。

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