さて、今朝はブログを書きあげ次第家を出て、弓之町でちょっと弓の素引きをして、9時から12時まで月2回、日曜日の午前中天神山文化プラザでシェイクスピアを遊読する日である。
4月からどなたでも気軽に 参加できる(毎回千円で)シェイクスピアに親しむ声出し教室を始めたのだ。最初のテキストはロミオとジュリエットだ。今のところ宣伝もほとんどしていないし、塾生のみの参加しかないが、いいのである。(これからゆっくり宣伝したい)
塾生にももっともっとシェイクスピアの多くの作品を声を出しながら、理解を深めてもらいたいし、私自身も声が出せるうちに、悔いなくシェイクスピア作品を読みたいのである。
そして、何事もアクションを起こさないことには、新しいというか非日常的な新鮮な感覚は、なかなかに持続することが、私の場合難しいのだ。
日高さんの五十鈴川だよりは長いですね、とたまに言われるが、ごめんなさい、ほかの方のブログなるものをほとんど読んでいないのでよくわからない。何年も書き続けているうちに、何とはなしに今のような体裁に落ち着いてきたのである。ご容赦を。
文章を書くことも含め、ほとんどが我流、自己流、あるがまま流なので比較しようがありません。もういい年齢なのですから、他者にあまり迷惑をかけない範囲で、五十鈴川は利己的に静かに流れる。
作物の恵み命をいただく |
ところで、我が家のわずかな菜園場は妻と母ががほとんど を管理し、昨日もトマトやキュウリなどの夏野菜を植えていた。その際最後のエンドウ豆を収穫したのだが、豆ごはんが歳と共に好きになってきた私は、今夜のまめごはんが楽しみである。
貴重な人生時間、身体をいたわり、ほとんど10時以降のテレビなどはみず、ひたすら寝るということの素晴らしさを今更のように実感しているが、それは寝ることによって生き返るかのような、新鮮な感覚が再び蘇るからだろう。
まさに睡眠の奇蹟というほかはないが、寝たきりというのはいかんともしがたく苛酷な世界である。動くから眠れるのだ。というわけで、いつも書いているように血が流れ、澱まないように、動ける体を静かに動かし今日もまた一日が始まる。
蛇足です、今日から 大相撲が始まる。私は相撲が大好きである。稀勢の里のファンである。
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