先月長女のところに上京した際、娘は不在だったが、夜、交遊歴の長いM子さんにわたすべきものがあり、稲城のマンションまでわざわざ来て頂いた。レイさんは見ず知らずのM子さんを温かく迎えてくれ、わずかな時間ではあったが、M子さんも安心して打ち解けてひとときを過ごした。主に私とM子さんが話すのをレイさんは聞いていた。
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机の前の3年前の写真、ミアは生まれていない |
M子さんは、70歳から再開した私の大きな企画の全てを支援してくださっている稀な方である。夜中M子さんとお別れした後、なんとレイさんがお父さん私もカンパするので、口座番号を教えてと言われたのである。
私は兄や姉にはカンパをお願いしたことがあるが、娘たちにはお願いしたことはない。手がかかる子育て真っ最中である。そのようなレイさんが何故、私の企画にカンパをしてくれたのかを、縷々説明する気はない。ただ、生まれも育ちも世代もまったく異なる私とレイさん。娘がまだ大学生であった頃、我が家に娘がボーイフレンドが出来たと連れてきたのがレイさんとの出会いである。
10年前、レイさんと娘は旧東ドイツ、エルベ川のほとりの町レイさんのふるさとドレスデンで結婚式をあげた。私たち夫婦もドレスデンまで駆けつけた。それは慎ましくも素敵な結婚式であった。あれから瞬く間に10年、今、レイさんと娘には7才になったばかりの男の子ノアと、まもなく2才になる娘ミアがいる。
話は忽然とかわるが、娘がレイさんと結ばれ家族を成したことで、私のなかでいわく言い難いいやが上にもの変化が、今も続いている。その事を五十鈴川だよりで簡略に説明することは不可能に近いが、一言で言えばバックボーンの異なる歴史文化の男性を、娘が生涯の伴侶に選んだことで、我が家に日本風とはまるで異なる意外というほかはない新しい風が生まれ、その事が私にも、老いたりとはいえ、嫌でも日本風男の根本的な弱点を、私に突きつけたのである。
レイさんは全てにドイツ的な、(レイさんのドイツ)いわば自然にレイさんの流儀で何事も為してゆく。古い私のような戦前の親父の影響が抜けきらない男にとって、新しいというほかはないほどに、板についた男女平等を実践する。時に余りも自然で、脱帽してしまうのである。このようなことを打つと、親ばかの謗りを免れないのでこれ以上打つのはやぼ、控える。(レイさんが私の今の活動に寄り添ってくれていることへの感謝、このような男性を選んだ娘に感謝する)
娘が異国の男性を伴侶に選んだことで、ノアとミアは、ダブルスタンダードのバックグラウンドを抱え持つ、宿命人生を嫌でも歩むことになる。がその事をまったく私は案じてはいない。どのような人生であろうと、ヒトは生まれ落ちた宿命を生きるのである。
彼らが大きくなるまで、私が見届けられないかもしれない。が、案ずるよりも産むが易し、を私は選ぶ。その方がずっと実りがあることを、私はこれまでの73年の人生で学んで来た、からだ。(ノアとミアは困難をきっと乗り越えてゆくのを見守りたい)
娘とレイさんが出会って十数年で、新しい命が生まれ新しい家族の営みが一瞬の休みもなく形作られてゆく、生命の輝き連鎖、その行く末を見届けはしたいが叶わぬ。それでいいのである。だから私は五十鈴川だよりを打つ。いつの日にかほんの一部分でもいいから五十鈴川だよりを読んで貰えればいいのだ。見えなくなっても宇宙の塵となってでも見守れるのだから。
五十鈴川だよりに、スパイラルアームズ公演のカンパのお礼を綴り打ちます。レイさん😆💕✨ありがとうございます。
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